ドーナツとドーナツの穴 第27回 『「出し抜く」考』 その2

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第27回は『「出し抜く」考』 その2


 前回は出し抜く環境の話だった。前提条件として、出し抜く環境が整っているとしよう。では、どんな人が出し抜く能力が高いといえるのだろうか……?


 出し抜くには、出し抜く相手に「出し抜かれている」と悟られてはいけない。見るからに「こいつは出し抜きそう」という人に対して、人は用心する。

・詐欺師らしい詐欺師

とか

・見るからに泥棒

なんて人は、おそらく三流、いやっ、四流の詐欺師や泥棒だろう…。

『出し抜く能力の高い人は、「出し抜かない」と相手に思われる能力の高い人』

だと言える。


 さらに、出し抜いたあとに相手に「出し抜かれた」と思われると、出し抜き稼業?の商売は上がったりである。ということは、出来るだけ「出し抜いたあとも出し抜いたことが気づかれない」ことが必要だ。言い変えれば、

『出し抜いたことが悟られなければ、その相手からいつまでも出し抜き続けられる』

ということである。かくして出し抜く能力の高い人の特性が2つ浮き彫りになった。

・出し抜くのに、「出し抜かない人」と周囲に信用され、
・出し抜いたのに、「出し抜いたこと」が周囲に悟られない


能力の持ち主…だということになる。なんてハードルの高い能力だ。この能力があれば、

『おそらく、出し抜かなくてもそれなりの成功を収められるはずだ!』


 出し抜く能力の高い人間は、そもそも、人を出し抜く必要が少ない。しかも万が一出し抜いたとしても、それに気づく人も少ない…。出し抜かなくても、出し抜いてもうまくいくのだ。


 出し抜いていると見破られた時点で、出し抜き稼業としては三流なのである。




「ドーナツ」= 出し抜く

「ドーナツの穴」= 出し抜く能力の高い人間は、そもそも、人を出し抜く必要が少ない。しかも万が一出し抜いたとしても、それに気づく人も少ない…。出し抜かなくても、出し抜いてもうまくいくのだ。



今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第26回 『「出し抜く」考』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第26回は『「出し抜く」考』


 人を出し抜くには、出し抜くテクニックやタイミング云々以前に、根本的に必要なものがある。それは、

『出し抜かれる人も含めた、出し抜ける環境』

である。


 では、出し抜ける環境とはどういうものか?それは、

『出し抜く人が少ない環境』

である。すべての人が「出し抜こうと」している環境では、出し抜くのは相当難しい…。というかそもそも、

『出し抜いて得られるものがない環境』=『出し抜く人ばかりの環境』

なのだ。最初のドリンク一杯、10円で飲める居酒屋があったとして、すべての人がその一杯だけで帰ったら、その居酒屋は潰れてしまう…。そんな環境だ。※西村ひろゆきさんのTVでの発言より引用。


 「出し抜く」ことを効果的にするには、多くの人が「出し抜かない」ことが得。と思える環境にすることが必要になる。これを実現するには、

・文字通り、お互い出し抜かないことが得

になるか

・出し抜くと損

になるような環境にする必要がある。ということは

『出し抜くためには、出し抜くと損、あるいは出し抜かないほうが得』

となる環境で生きていく必要がある…、ということになる。少なくとも大多数が「そう思える」環境でないと、出し抜けない環境になっていく。


 出し抜かない人が増えると出し抜こうとする人が増え、出し抜く人が増えると、出し抜けがうまくいかないことが増えるので、出し抜かない人が増える…。ここにもナッシュ均衡が働くのかも知れない。人間の行いであっても、振る舞いは単純なようだ。


 『多くの人が出し抜かないほうが得な社会があるから、時々出し抜くことが上手くいく』

というのが、現実。全く出し抜かずに生きて行くというのは、意識的にしろ無意識的にしろ難しい。だからこそ、

「できるだけ出し抜かず」
「出し抜きすぎる」
「出し抜かない人に恩を返せる」

ような選択が現実的なのかも知れない。少なくとも、出し抜かないほうが良いと思える社会に生きていることは感謝すべきだど、個人的には思う…。


「ドーナツ」= 出し抜く

「ドーナツの穴」= 出し抜くには「出し抜かないほうが得」と思える環境が必要


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第25回 『婚活の「活」』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第25回は『婚活の「活」』


 「活」は「活動」の意味。

婚活=結婚活動、
就活=就職活動、
終活=人生の終わりのための活動、
妊活=妊娠し、子供をもうける為の活動、


健活や菌活、転活に離活、ソー活なんてものもあるらしい…。


 巷にいろんな「活」が溢れている…。「〇活」ブームが続いている。それ自体は悪くはない。何らかの活動をすることで何かが見えてくることも多いからだ。何より、「活動している感」を使っている本人が持てるのがいい……。あくまでも本人が使っていればであるが。
※他人が誰かの活動、例えば「婚活」の話をしているとき、ポジティブな意味より、やや何かを揶揄したような意味合いが多いのではないだろうか…。

……

 婚活に話を戻そう。「婚活」という言葉、名前、ラベリングの効果はかなりあると思う。言葉に追い込まれる…ということもあるだろうが、何かの行動自体に「名前」を付けることは意味があるようだ。

ここでいう名前とは「あだ名」「通り名」という意味合いに近い。世間に広がり、浸透するものには必ず「名前」=「あだ名」があり、そのあだ名とともに本人の知名度が上がっていく…。名前はかなり重要だ。最近のヒットした名前といえば、個人的には

「りんごちゃん」

だと思う。覚えやすさ、インパクト、ギャップ…、この辺りの分析でかなりのことが書けるかもしれないが、今日は止めておく。「キムタク」しかり、「イチロー」しかり。福山雅治さんにあだ名はないのでは?という指摘もあるかもしれないが「ましゃ」という呼び方があったりする。
 

 婚活は結婚活動に「名前」を付けることで、一気にそのことを定着させた。さらに、その周辺の「結婚前」のことをすべて「婚活」につなげることで、イメージしやすくした効果もある。「婚活」という言葉だけで、かなりの(経済)効果を上げたのはいうまでもない。

 あなたのやっていること、あなたの仕事や提供しているサービスに、相手がピンとくる「名前」はあるだろうか?……

名前のないものは、伝えようも伝わりようもない…。まずは「名前」なのだ。



「ドーナツ」= 婚活

「ドーナツの穴」= 結婚活動を「婚活」と名付け、それを世間に膾炙させた効果


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第24回 『様子見』その4

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第24回は『様子見』 その4


 「様子見」は基本的には長期戦が前提である。勝敗が短期で決するものほど「様子見」することによって生じる「時間のロス」による影響が大きくなる。短期決戦は、周到な事前準備と出たこと勝負、あるいはゲリラ的な戦術の方が効果をあげる場合も少なくない。


 長期戦になればなるほど、「様子見」の効果は上がる。…と単純にはいかない。それは相手がいるならば相手も同様に「様子見」できるからだ。ということは、

『長期戦ほど、本来の基本的な力の差が出やすい』

といえる。

……

 どんな状況であっても「様子見」はやれるなら、やったほうがいい。それは「生の情報」に触れる貴重な機会だからだ。ただし、「様子見」はそれ自体が目的になることはない。次の一手のための情報収集。それが「様子見」である。

 短期決戦にしろ、長期戦にしろ、

『その戦いの中で「様子見」できる期間を見切る』

ことができれば、「様子見」がいきるのである。

「様子見」できれば生の情報が手に入り、
「様子見」しすぎると手遅れの状況になり、
「様子見」しないと事前情報が違った場合に修正できず、
「様子見」だけで行動しないと何も動き出さない…、

等々…… 

戦いの中での、「様子見」の期間をどうコントロールするのか…、なのである。

「ドーナツ」= 様子見

「ドーナツの穴」= 状況の中で、どの程度「様子見の期間」をコントロールできるかが、「様子見」の成否、ひいては勝敗を左右する


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第23回 『様子見』その3

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第23回は『様子見』 その3


 「様子見」は強者の論理である。普通に想像すれば、自分より強い相手を「様子見」することは出来ない。「様子見」するということは、少なくともその時点で「相手を自分より弱い」と判断していることになる……。

それが油断につながるのだが、それが本題ではない。自分の強さ、相手の強さ、それぞれにおいて、

「自分の見積もりが本当に正しいのか」

これが担保されないと「様子見」などほとんど意味をなさない…。


 特に重要なのが、「自分の強さ」「自分の弱さ」の把握だ。これはやろうと思えば徹底的にやれる。なぜなら、情報はこちらに全てあるからだ。でも、多くの人はそれが出来ない。

「自分の実力は甘めに見積もる」

傾向が強いからだ。


 自分に自信を持つことと、自分の実力を客観的に把握すること。主観と客観、それを同時に把握する努力を惜しまないのがプロ。主観と客観の間で揺れるのが一般人。そして主観と客観どちらかに偏り、勘違いするのが「必敗の人」…。


 プロですら、主観と客観を同時に把握するのは難しい。しかもそれを極限のレベルで相対して、勝負しているのがプロである。

……


 相手の情報は、突き詰めれば「想像の域」を出ない部分、それこそ「様子見」しないとわからない部分が必ず残る。そういう意味で、相手に対する「様子見」は必要な戦略ではある。次回はそれを書く予定だが、必要なのは

『自分自身のことを、様子見していないか?』

という意識である。


 自分自身の「様子見」は必要ないし、繰り返しになるが、把握するための情報はすべてこちらにある。それをどれくらい真摯にやるか?それと同じくらいのスタンスで相手に向き合えるか…?


 「様子見」を戦略たらしめるには、相手と自分自身に対する「敬意」と「客観」の両方があるかどうかなのである。




『自分自身を「様子見」していないか?』

「ドーナツ」= 様子見

「ドーナツの穴」= 様子見を戦術たらしめるのは、自分と相手に対する敬意と客観の共存である。


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第22回 『様子見』その2

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第22回は『様子見』 その2


 「様子見」は油断である。そもそも圧倒的な力の差がないと、「様子見」はできない。圧倒的な力の差があるならば、本来「様子見」する必要すらない…。※実際はそう単純にいくわけではないが、それはまた次回以降に…。


 数多のスポーツで、ジャイアントキリングが発生する要因の一つに、強者の「様子見」がある。相手の力、あるいは戦術を見誤って、「様子見」し過ぎたことで、事態が回復不可能な状況まで進み、結果敗北してしまう…。といったパターンなどがそれである。


 「様子見」が成立するには、自分の力と、相手の力を「戦う前に」正確に把握しておく必要がある。

『事前の情報収集と分析』

が勝敗の鍵を握っているのだ。だから、本来「戦っている最中の様子見」というのはあまり意味がない…、というか

「事前の情報とその分析の確認」

くらいの意味合いしかない。ここに「その時の(自分側の)調子」の要素が絡んでくる。「様子見」で、相手の状況が、事前情報通りだったとしよう。だが、自分の状況が、「事前の情報と違った場合」、その「様子見」が命取りになることも十分あるのだ…。


 「様子見」は油断である。「様子見」しなくても勝てる状況でしか、「様子見」することはできない。ところが、勝てる相手に負けるとき、その「様子見」が命取りになることもある…。

「様子見」は相手の戦術と、相手との力量の差を見誤ると「敗因」になる

「ドーナツ」= 様子見

「ドーナツの穴」= 様子見は油断である。様子見の成否は事前の情報収集と分析の精度次第、場合によって自分の状況によって、「様子見」が敗因にもなりうる。


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第21回 『様子見』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第21回は『様子見』


 様子見とは余裕である。もしあなたが今「様子見」している状況があるならば、その状況に感謝したほうがいいかも知れない。様子見出来るのが、あなた自身の力なのか、それとも周囲の協力によるものなのかは別として…。

 余裕であるから、「様子見」のまま恒常的に存在し続けることは出来ない。

様子見はあくまでも「時限的」なのである。

いずれ次に進まなければならない状況に「必ず」なる。


 様子見できるうちに、様子見できなくなる状況に備える。
余裕のあるうちに、余裕がなくなる状況に備える。
常時に、非常時の備えを……。



 様子見は余裕である。余裕はいつまでもあるものではない。余裕を生むためにも、様子見できる状況を継続するためにも「決断」と「行動」が必要なのである。

「決断」と「行動」した結果が、今の 様子見≒余裕 を生んでいる…

「ドーナツ」= 様子見

「ドーナツの穴」= 様子見は余裕があるからできること。様子見できる状況にあることに感謝すべきかもしれない…。


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第20回 『「ありふれた」論』 まとめ

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第20回は『「ありふれた」論』 まとめ


 一旦「ありふれた」を横において置く。そもそも「アイデア」があって誰かにアドバイスを求めにいくなら、謙虚さが必要だ。これまでのことから、そのアドバイスする相手からは、

ありふれた「アイデア」だと批判され、
ありふれてもいない「アイデア」だと批判され、
ありふたかどうか相手にもわからない状況で批判され、
……


批判的なことのほうが圧倒的に多いのである。それでも、あなたがアドバイスを求めにいったのだ。そこは謙虚になるしかない…。


 もし、誰かがあなたに「アイデア」を持って、アドバイスを求めにきたとしよう。そのときはその誰かとその「アイデア」に対し、あなたがアドバイスを求めた以上に謙虚にならなければならない

目の前の誰かは、あなたが本当の意味で「利害を超えたフラットな人で、かつアイデアを理解してくれる」と信じてそこにいるのだ……。多分。


 さらに、謙虚さと遠慮を間違えてはいけない。「その誰か」と「そのアドバイス」には謙虚であるべきだが、遠慮なく「あなたが(必要だと)思うこと」を伝えることだ。ちゃんと、「自分には、そのアイデアの有用性がわからない可能性」を含んだ上で…。

『よー、そこの若いの 俺の言うことを聞いてくれ 「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」』
by竹原ピストル

僕の話をちゃんと聞いてくれ、ただし鵜呑みにするな…。むっ、難しい……。




 ありふれた話であったとしても、謙虚さがあれば、あなたと誰かの対談は、お互いの役に立つはず…。ありふれた以上の話でも、謙虚さがないとその対談は、ほとんど役立たずに終わってしまうのである。




「ドーナツ」= 誰かにアドバイスを受けにいくなら、謙虚にならなければならない

「ドーナツの穴」= 誰かにアドバイスするなら、「その誰か」に対しては、自分がアドバイスを受ける以上に謙虚でなければならない…。ただし遠慮してはいけない。


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第19回 『「ありふれた」論』 その3

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第19回は『「ありふれた」論』 その3


 やっかいなのは、あなたに「ありふれた以上の何か」があるときだ。そもそもありふれた以上のことはありふれていないわけだから、新奇性や特殊性にあふれている。

『理解者がいない(少ない)』

わけである。だから、ちょっと誰かに相談したり、声をかけてみても反応は良くないことが多い。そもそも、ありふれた人には理解できない、思いつかないようなことだから、「ありふれた以上の何か」なのだ。


 上記はまだましなことである。もっと恐いことがある。もしあなたに「ありふれた以上の何か」があるとして、それを理解できる人がいるとする。それがもしあなたの近い業界の人であった場合、「横取り」リスクが出てくる。

・「ありふれた以上」でないように見せかけて横取りしたり
・「ありふれた以上」のことであることを認めた上で、協力するふりをして最後の最後で横取りしたり

……

といったことである。上司に手柄をとられた…、なんて話はよくあることはないだろうか?横取りは「近しい業界人」「会社の同僚、上司、部下」「親しい知人、友人」など、『身近な人から』されるのである。遠い他人はまず『横取り』しない…。

……


 もちろん、滅多なことで「ありふれた以上の何か」を手にすることはない。だからこそ、手にしたときは貴重なのである。だから、周囲から認められないことが続いたり、横取りされたときのショックは大きい。そうならないようにするためには、

「フラットにあなたやあなたのアイデアを評価してくれる相手」

が必要である。利害関係がない上で、あなたの「ありふれた以上」をきっちりわかる人。そんな人いるのか?と思うくらい見つけるのが難しいのだが、それを見つける唯一の方法は、

「あなたが相手自身や相手のアイデアをフラットに評価する」

ことである。そうすれば、相手もそうなってくれる可能性はある。さて、利害関係のない状況で、良くも悪くもフラットに評価したり、されたりする人が現状で何人いるだろうか?……


 利害としがらみに塗れて、本当にありがたい人が誰だったかわかる…。後悔しきりです。その人に受けた恩を少しでも誰かに返せれば…、と思う。


「ドーナツ」= 利害関係を超えて、「フラットにあなたやあなたのアイデアを評価してくれる相手」を探すのは難しい

「ドーナツの穴」= 上記のような人を見つけるには、利害関係を超えて、「あなたが相手自身や相手のアイデアをフラットに評価する」人になること


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第18回 『「ありふれた」論』 その2

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第18回は『「ありふれた」論』 その2


 時々僕のところに相談にくるのが、「予防医学」とか「介護予防」とか、「健康寿命を延ばす」みたいな分野で資格を活かしたい…、という話である。そういう相談の多くが、

「ありふれた以下」

のものであることが多い。相談者を傷つけないように言葉を選びながら、できるだけそう伝えるようにしている。


 「なんで、僕のアイデアがわかってもらえないのか?」と食ってかかってくる人もいるが、そもそも「ありふれてさえいない」アイデアなので、どうしようもないのである。


 歯磨きを例に考えてみよう。「はみがきをしたくてたまらない…」なんて人はまずいない。そもそも歯磨き欲なんてものはない。あるのは、

「はみがきをしないと虫歯になるよ」=不健康になる、醜くなるよ

とか

「きれいな歯は魅力的ですよ」=美しくなるから、モテるよ

といった、『歯磨きをしないことによって何かを失う恐怖』か、『歯磨きによって得られるものに対する欲』しかない。

息をきれいにするといううたい文句の歯磨き粉があったりするが、それですらすでに「他人の目」を意識している。他人からよく思われたい、モテたい…、といった「欲」を満たすために歯磨きするのだ…。

※歯磨き粉の味が好きだという奇特な知り合いがいた。ただし、それですら歯磨きしたいわけではない。歯磨き粉を味わいたいだけなのだ…。

……

 予防に話をもどす。当然ながら、「予防医学大好き」とか「介護予防したくてたまらない」なんて欲はない。だから、「予防によって得られる何か」をポイントにしないと、そもそもビジネスは始まらないし、成り立たない。

・資格を活かした健康維持を目的としたパーソナルトレーナー

とか

・健康寿命を延ばすための「食事講座」

といったものは必要ではあるが、そこに欲はない。だからそれをそのまま謳ってもどうしようもない。ましてや、

・健康維持のため、定期的に専門家の指導と施術、カウンセリングを受けませんか?

みたいな商売は通常なら成り立たない。※方法がないわけではないが、それはまた別の機会に…。


 ありふれた以下のものにどんなに力を注いでも、「ありふれたもの」にすらなることはない。ありふれたもの以上にするには、まずは「ありふれた」ことは完全にクリアする必要がある。そのうえで、ありふれた以上の「何か」が必要なんだと思う。
 

「ありふれた以下」の状況は、意外と日常にあふれている。そしてそれに気づかないことも日常にあふれている…。



「ドーナツ」= 「なんであなたのアイデアの良さがわかってもらえないのか」

「ドーナツの穴」= 「そのアイデアが、『ありふれた以下』だから」


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第17回 『「ありふれた」論』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第17回は『「ありふれた」論』


 「ありふれたアイデアだね」、という人のありふれていないアイデアをあまり聞いたことがない…。ありふれている以前に、「最初に何か意見を出す」ということの重要性、いわゆる「たたき台」を出さない人に限って、

「ありふれている」

という言葉を簡単に使う…。「コロンブスの卵」という『ありふれた逸話』を知らないのだろうか?…。


 「ありふれた」と批判するならば、

・ありふれていない何かを出すか

少なくとも、

・どこがありふれているか

はせめて指摘した方がいい…。ただし、それを指摘できるということは、そこにありふれていない「何か」があるということの証明になるのだが…。


 まずは、「ありふれてみる」。そこが基準になる。ありふれてもいない人に、「ありふれている」と言われたくはないし、「ありふれられれば」意外と生きて行けるのが、世間なんだと思う。

ありふれた以上の人もいる。
ありふれた人もいる。
ありふれた以下の人もいる。
……

ありふれた以上で居続けられる人はいないし、ありふれた以上のものが全くない人もいない…。


「ありふれる」だけでも、十分誰かの役には立っている…。



「ドーナツ」= 「ありふれる」

「ドーナツの穴」= 「ありふれていても、誰かの、何かの役には立っている」


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第16回 『業界の発展のために…』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第16回は『業界の発展のために…』


 『業界の発展のために…』と叫んでいる人が目立つほど、その業界は衰退していく可能性が高い。その証拠に、

自動車業界のトップが、「自動車業界の発展のために」というのを聞いたことがあるだろうか?

他にも、

・スマホ業界のトップがスマホ業界の発展の為に

とか

・IT業界の人がIT業界の発展の為に…

とか、若干廃れてきたと言われる固定電話の業界であっても、

・固定電話業界の発展の為に…

なんて、少なくとも「対外的」は絶対言わない。
※デイサービス等をやっている事業所が「デイサービスの業界の発展のために…」と声高らかに言うのが、いかに滑稽かを想像すればわかりやすいかもしれない。


 その業界が発展するためには、業界に関係が近い人はもちろん、

『いかに、業界から離れた人が応援してくれるか』

にかかっている…。


だから、発展する可能性がある業界は、関係が近い人には、

「業界が発展すると、○○というメリットがあなたにもあるよ」

というプレゼンになるはずだし、関係が遠い人には、

「あなたにとって△△を成し遂げたい。だからうちの業界は団結する」

という物言いになるはずだ。※〇〇や△△は、相手に対するメリットとなるもの


 業界全体のメリットを中心に訴える業界は、

「その業界が潤うことによって、潤う一部の人」

のメリットが本当の目的なのだ。そうじゃないとしても、関わる人にメリットのない団体は廃れていく。それは間違いない。訴えるべきは、

『その業界に関わると、どんなメリットが相手にあるか』

なのだ。孫正義さんを想像してほしい…。TVCMや発言は、自分のサービスを使うと、「あなたの生活がどう変わるか」を訴えているはずだ。けっして、「ソフトバンクの発展を…」なんてことは言わない。そういうことである。


「ドーナツ」= 業界の発展は必要。

「ドーナツの穴」= 業界の発展には、いかに業界外の人を巻き込むか。その人達のメリットを訴えられるか?…、にかかっている


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第15回 『記憶と自覚と幸福感』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第15回は『記憶と自覚と幸福感』


 『ベロベロ』になっているとき、記憶はないが自覚はある。(経験談、経験多し)
『デレデレ』しているとき、記憶はあるのに自覚はない…。(同じく経験談、経験は…)
※どちらも個人の感想によるものです。

一方は酒に酔っていて、一方は相手に酔っている…。どちらもその瞬間は「幸せ」なのに、記憶を呼び起こすと急に「後ろめたさ」や「恥ずかしさ」が襲ってくる…。それは「コントロールできない」感情だったり、行動だったからだ。

……


 行動しているとき、その瞬間を記憶して、自覚できているなら、おそらくその「行動」は完全なコントロール下にあるので、満足はするが幸福感は少ない。

おそらく幸福感は、記憶、自覚、あるいはその両方ができないときに感じる感覚。コントロールできないものが幸福感なんだと思う。


 幸福感を感じたことを思い出して、人はまた幸福感に浸る…。それは可能。幸福感そのものを「言語化」できる人間は、多分どこか「不幸せ」なんだと思う。


 コントロールできる範囲内で、コントロールできないことを望む。それが人間の業である。コントロールできることをきちんとコントロールしながら、コントロールできないこと(もあること)を受け入れる。これが出来れば、たぶん人はちょっとだけ「幸福」になれる(と思う)。


 幸福であることと、「幸福感」は違うのだが、それはまた別の話…。


「ドーナツ」= 幸福感を思い出しているときは、記憶もあるし自覚もある。

「ドーナツの穴」= 幸福感を感じているときは、記憶がないか、自覚がないか、あるいはその両方が無い。


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第14回 『口説き文句』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第14回は『口説き文句』


 口説き文句とは意中の相手を、現実で動かすための言葉。何も恋愛に限ったことではありません。むしろ仕事や生活の場面で、

・やりたいこと
・やって欲しい事
等々……

現実で『ともに』動いてもらうための言葉です。『ともに』とあえて書いたのは、口説き文句は自分から離れて欲しい人、別の道を行く人には使わないから…。『ともに』の距離感はともかくとして…。

……

 どんなにすばらしい口説き文句をいっても、相手には響かないこともある。逆に訥々としたしゃべり方でも心をうち、心が動く場合もある…。


 口説き文句が成立するかどうかは、口説き文句を発する側より、受ける側の「心情」「状況」「発する側に対する思い」など、

『受信能力』
『受信状況』


に左右されるものです。相手の受信状況や受信能力を知るためには、「発する」しかありません。スマホ使ってみてはじめて、その場所の電波状況は知られるわけです。


 相手の受信状況を正確に知ることはできません。もし知ることができる相手なら、もう口説けています。というか、口説く必要すらありません。だから言葉のチョイス以前に、「発する」=「行動する」ことからしか何も始まらないのです。

一緒に働きたい人には、「一緒に働きたい」といってみる。
一緒にいたい人には、「一緒にいたい」といってみる。
……

自分の「意中」を「意中の外」に出す。それが口説き文句。


 『絶対に口説き落とせる口説き文句は存在しないが、口説かない限り口説き落とせることはない』

というのはちょっと違ってて、

『口説いているのか、口説かされているのか、それが問題だ』

というのも微妙で、

『相手がどう思うかではなく、とにかく口説く』

というのは少し寂しくて、

『僕の言葉に、魅力があるかどうかはわからないけれど、僕の言葉を拾ってくれる人は魅力的』

というのは普通に口説いていて、

『僕は見た目も普通、何のとりえもない。でも僕『を』好きになる人は例外なく素敵で魅力的な人なのが不思議』

というのは完全に口説いている…。


 仕事上、一緒に仕事したい人には「一緒に仕事したい」と口説くようにしてます。僕がやっかいなのは、一緒に仕事したくない人にも、きちんと「一緒に仕事したくない」と伝えていること。多分……。


「ドーナツ」= 口説き文句

「ドーナツの穴」= 口説き文句が成立するかは、相手の「受信状況」「受信能力」に左右される


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第13回 『いじめ』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 ドーナツとドーナツの穴 第13回 『いじめ』


 神戸で、教師が教師をいじめていたということが発覚した。動画や画像がTVで放映されてショックを受けた人も多いと思う。僕自身は

「大人のいじめ」

をあれだけあからさまに見たのは、相当久しぶりなのでそちらの方が衝撃だった。しかも、あれくらいわかりやすい「いじめ」はおそらく子供もあまりやらない(と思う)。


 子供にすれば、「いじめはやってはいけない」としている大人、しかも先生がいじめをやっているのだから、自分たちも「いじめてもいい」と思うはずだ…、というのは大人の早合点である。


 いじめが悪い事なんて、ある程度成長すれば、ほとんどの子はわかっている。そこが問題ではない。わかっていても無くならないもの。それが「いじめ」だという認識がないのが問題なのだ。

……


 「いじめ未遂」という言葉はない。いじめる方はともかく、やられる方にとって、いじめは「全か無か」だ。SNSの発達で軽いコミュニケーションができるようになっているが、

『軽いコミュニケーションから生まれるいじめであっても、決して軽くはない』

ということ。コミュニケーションの質といじめのそれとはまったく異質なものなのだ。


 「いじめ」は無くならない。もちろん、いじめは無くす努力もなくしてはいけない。
「いじめ」対策に必要なのは、いじめによって、

「最悪のところまで追い込まないようにする」

仕組みや教育だと思う。最悪とは、自殺はもちろん、回復不可能なところまで個人を追い込んでしまうようなこと。そういう意味では、神戸の教師の件は「行き着くところまでいってしまっている」。それが問題なのだろう。


「ドーナツ」=「ライトなコミュニケーションから生まれるライトないじめがあるという勘違い」

「ドーナツの穴」=「いじめは、全か無かである。いじめ未遂という言葉は存在しない」


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第12回 『立ち直りの早さ、普通(の日常)でいることの重要性』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 ドーナツとドーナツの穴 第12回 『立ち直りの早さ、普通(の日常)でいることの重要性』


 首里城の火災で心を痛めている人も少なくないと思います。早い復興が望まれますが、早い復興には何が必要なのでしょうか?それは立ち直り、普通に早く戻る(戻す)ことだと考えられます。


 災害等で悲惨なことが起こったとき、多くの人は「悲しみ」に「共感」します。それはそれで尊いことで、否定するつもりは全くありません。ですが、全ての人が「悲しみ」に暮れている限り、ことは前には進みません。不謹慎かもしれませんが、

「早く普通にもどす」

という思考も重要になります。


 今回の火災では、火災が鎮火した翌日くらいのインタビューで、ある高校生が「私は生徒会なので、募金等をすぐに始めたい」と力強く話している場面がTVで写しだされていました。

また、すでに沖縄県が始めた「首里城火災復旧支援寄付金」では2日間で1億円以上の寄付が集まったという話もあります。

『立ち直る力』=『普通にもどる力』

も「共感」とともに必要なのです。


 精神的に立ち直った人から、どんどん「普通」に戻る。普通に戻す。それが復興には大切です。自粛ムードで地域全体が沈滞するのは本末転倒です。

 「共感」と「立ち直りの早さ」

どちらも必要です。少ない額ですが、僕も募金させていただきました。
首里城火災復旧支援寄付金
https://www.furusato-tax.jp/city/product/47000
 


「ドーナツ」=「共感」

「ドーナツの穴」=立ち直りの早さ、普通(の日常)でいること


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第11回 『都道府県魅力度ランキング』 何故、茨城県のランクは低くなるのか?

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第11回は 『都道府県魅力度ランキング』 何故、茨城県のランクは低くなるのか?

都道府県&市区町村魅力度ランキング2019【47都道府県・完全版】←ダイヤモンド・オンラインの記事はこちら

都道府県データランキング 魅力度はこちら→https://uub.jp/pdr/s/m.html


 都道府県魅力度ランキングというものがあります。何故か茨城県の人気がないようで、7年連続最下位らしいです。北関東は全般的に順位が低い傾向にあるようですが、何故なんでしょうか?


 私見ですが、茨城県は他県と比べて、魅力がないとは思えません。他の北関東の県も同様です。また九州の佐賀県もランキングが低い傾向にあるようですが、魅力がないとは思えません。おそらく何か傾向があるのではないかと思います。


 『魅力』 = 『持っている強み』 × 『手に入りにくさ』

 この公式が成り立ちます。どんなに素晴らしい何かを持っていても、それが簡単に手に入るものならば、魅力は少なくなります。逆にそこそこのものでも、簡単に手に入らないものなら魅力的に映ります。砂漠で、「ただの水」が相当貴重なように……。


 となると、人口の多い大都市圏に近い地域は不利になります。

『簡単にアクセスできる』

というのは、利便性は高まりますが、魅力度は下がることになります。



 で、魅力度ランキングの下位の県をもう一度、思い浮かべてください。アクセスが比較的便利なところが多くないですか?つまり、

『良いものがあるけど、行こうと思えばすぐに行ける』

ところはランクが低くなる傾向にあるのです。


 さらに続けましょう。先ほどの公式

『魅力』 = 『持っている強み』 × 『手に入りにくさ』

ですが、『手に入りにくさ』には上限があります。一定以上手に入れるのが難しくなると、数値はゼロに近くなります。結果、魅力も下がります。

『あまりにもアクセスしにくい県は順位が下がる傾向にある』

ということです。


 『何かしらの強み、売りがあって、許容範囲のアクセスの不便さがある都道府県』

は上位に来る傾向があるということ。もう一つは、

『今、自分が住んでいる都道府県は、状況がわかっているだけに住みやすい』

から、現状で人口が多い大都市は順位が上がりやすくなる傾向があることも想像できます。


 強みがあって、一定程度の希少性があるもの。それに人は魅力を感じるということのようです。



「ドーナツ」=自分が持っていると思っている「強み」

「ドーナツの穴」=『魅力』 = 『持っている強み』 × 『手に入りにくさ』


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第10回 『草野球の「草」』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第10回は『草野球の「草」』


 ついに第10回、一区切りがついたので、いつも僕がかかわる「業種、業界」をざっくり分析するときに使う考え方を紹介します。


 それはその業種、業界の名称に、頭に「草」をつけてピンとくるかどうかです。「草」とは「草野球」の「草」です。イメージとしては、アマチュア、娯楽、楽しい…、といったところがその業界にあるかどうかの判定に使ってます。もっと直接的な書き方をすれば、

「その業界に裾野の広さはあるか?」

遠慮なしに書けば、

『金(と時間等を含めたコスト)を払ってでも、やりたい人がいるか?』

ということです。


 「草」をつけても違和感のない業界は、基本的に

・裾野が広い(関りを持つ人が多い)
・世間の認知度が高い
・プロとして食べている人がいる。しかもトップの収入は非常に高い(頂上が高い)
・衰退しにくい(衰退しても残る可能性が高い)
・関われる期間が長め(仕事としてだけでなく、趣味の延長や鑑賞できる等の特徴がある)
等々……

といった特徴があります。スポーツでイメージすると、

「草」がつくもの:野球、サッカ、テニス、ゴルフ、スキー、マラソンなど…

「草」がイメージしにくいもの:フェンシング、カヌー、テコンドーなど…

※「草マラソン」のようにごろが悪くて、あまり一般的な言葉じゃなくても、
「草マラソン」=「ジョギング」
のようなイメージがつながるものは「草」がつくと判断しています。


 一般的には、「草」のつく業界、業種の方が生き残りやすいように思われます。逆に「草」のつかない業界は大変だと判断されがちです。ただし、「草」のつく業界はライバルも多く、競争が激しいという特徴もあります。逆に「草」のつかない業界は競争相手が少なく、うまくいけば、上位に食い込みやすい…という側面もあります。

「草」で見えてくるのは、裾野の広さ

だけです。でもこれは第一段階です。


 「草」のつかない業種、業界であっても、衰退しにくい業界があります。その業界とは使う側にとって「意味」≒「忌」のある業界です。それは、直接的に書けば、

「関わらざるを得ない人がいるか?」

遠慮なしに書けば、

『金(と時間等を含めたコスト)を払ってでも、誰かにやらせたい人(やってもらうしかない人)がいるか?』

ということです。


 葬儀、医療、介護、生命保険、損害保険等といった業界が「意味」≒「忌」のある業界の代表例です。好むと好まざるとに関係なく、関わるしかない状況が突然訪れ、誰かに費用を払ってでもやってもらうしかない、やって欲しいというニーズがある業界です。


 これらを遠慮なしの表現でまとめると、

『お金を払ってでも、それをやりたい人がいるか?』
『お金を払ってでも、それを誰かにやらせたい人がいるか?』


 こういう業種、業界は基本的に現状で可能性があると判断します。現状でどちらでもない状況であったとしても、上記2つの可能性が見えるものには興味がわきます。ただし、あくまでも業界の可能性の話で、業界に関わる個人や会社の可能性はまた別の話…。


 上記に当てはまらない業種、業界は

・一部の才能ある人だけがうまくいくか
・そもそも無いに等しいような状況か
・衰退しつづけている
等々……

といったことになっている場合がほとんどです。そこに関わるには、相当の覚悟と努力が必要になるような業種、業界と言えるかもしれません。ただし、ライバルが少ないので、個人や会社レベルで考えると、そこで確固たる地位を気づければ、それはそれでうまくいく業界かもしれません。

※「草」はあくまでも判断基準の一つです。それですべてを判断しているわけではありません。


「ドーナツ」=草野球の「草」がつくかつかないか

「ドーナツの穴」=「草」で見えてくる、業界の裾野の広さ、可能性


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第9回 『靴』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第9回は『靴』


 靴、履物をはくということは、今や常識です。だからユーチューブなどを検索すると、

「裸足で○○日過ごしてみた!!」

みたいな映像があったりします。それは奇異で珍しいからです。(と本人たちは少なくとも思っているようです)ですが、あまり面白くはありません。多分再生回数も数万回くらいが限界なんではないかと思います。それはそれですごい数だとは思いますが…。


 もし、ユーチューブ的にするならば、ドレスコードにチャレンジするような動画のほうがまだ面白いのでは?と個人的には思っています。

・レストラン
・公的な場所
・靴屋さん
等々……

お店に迷惑を掛けないようにしながら、「どこまで入れるのか?許してくれるか?」みたいなものにしたほうが、まだましです。※それでも、微妙な動画になるのでしょうが…。

……

 履物を履くことが普通になったのはいつなのか?サンダル的なものはエジプト文明の壁画にはすでに描かれています。問題は、

『履物を履かなくて困るのは、本来、本人だけ』

だということ。足部の保護といった本来の「目的」は失われ、「常識」「当たり前」のこととして、なんの疑問もなく日々履いている…。あるいはおしゃれだったり、富を見せびらかすためだったり…、とにかく本来の履物の機能とはかけ離れています。


 機能だけで満足されるものは、価値がどんどん下がる。必要があって売れるから誰も彼も生産し、どんどんありふれるから、当たり前になり、有ることが珍しくなくなる。(コモディティ化)

だが、本来の機能とかけ離れて、一見無駄とも思われるようなものに価値を見いだされると、そのものの価値は高くなる。


 靴の機能で価値を見出し、勝負をしようとするのは、多分よほどの大企業でないと勝てない…。機能以外の「何か」で勝負したほうが、まだ勝てる可能性がある。


 仕事も、ビジネスもまた同じです。最高の機能を、売れる価格で売ろうとすると、時間が経過するにつれ、どんどん苦しくなる…。なぜなら値段は必ず下がるから。

資格もまた同じ道を辿ります。資格者数が少ないうちは価値が高く、当然給料も高い。だから人がその資格に集中して、急激に価値が下がり、給料も下がっていく…。


 機能ではない何か?そこが生き残るポイントだと思います。

「ドーナツ」=靴本来の機能

「ドーナツの穴」=靴本来の機能ではない「何か」


今日はここまで。文責 江口
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ドーナツとドーナツの穴 第8回 『雑巾の「雑」』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第8回は『雑巾の「雑」』


 雑巾は汚れを拭くもの。拭いてきれいになったら、雑巾は逆に汚れる。その汚れを水に流して、また汚れを拭いて、洗って…、を繰り返し、いずれは「ぼろ雑巾」になって捨てられる…。


 最初から、雑巾になるための布…、というものはあまり存在しません。だが最近は使い古されたタオルや、布切れを自分で縫って雑巾にすることは少なくなり、雑巾として市販されているものを買う人もけっこういます。100均にも普通に売ってあります。

「新品の雑巾」

という昭和世代からは意味のわからないものも存在しています。

……


 雑巾の「雑」には、

「とりあえず」
「間に合わせの」
「主要でない」


という意味があります。つまり、雑巾は汚れを拭くものだが、どこの汚れを拭くかは「ぼんやり」しているということです。ただし、

『雑巾では絶対に拭かない場所』

が存在します。あなたも多分雑巾で拭くところと、その他のもので拭くところは明確にしているんではないでしょうか?


 これを仕事に当てはめると結構恐くなります。

間に合わせの、とりあえず、やっつけの仕事≒「雑仕事」(造語です)
※雑務とは違います。雑務は「やるべき仕事のために付随する仕事」のこと。

をやらされていて、かつ、

本来の「主要な仕事」「やりたい仕事」「重要な仕事」等々からは明確に外されている…。

みたいな状況です…。


 雑巾に感情移入するほど、ゆたかな感情は持ち合わせていないが、目の前の仕事が、

「雑」仕事なのか?
せめて「雑務」なのか……?
ラッキーなことに「主要な仕事」なのか…?

それを思うと恐くなります。「雑」仕事と割り切ってやっていればまだましで、もっと恐いのが、

「雑」仕事≒何でもやれる、マルチプルな、総合的に対応している仕事

勘違いしてる場合です。※周囲の評価と自己評価が異常に乖離している人などにみられる現象です。


 「雑」仕事は続けていても、総合的な仕事や全体に関わる仕事にはつながることはありません。一方で組織でやっていくには、「雑」仕事に絶えないと次のステップに進めないことがほとんどです。

「雑」仕事をしながら、雑務をこなし、自分の仕事に向かう…。

だから、若い頃、かけだしの頃の仕事は大変だし、面白くない(ことが多い)。


 自分が面白いことだけやって、仕事になっている人もいると思うかもしれません。だが例外なく付随する雑務はこなしているし、「雑」仕事もやっています。そういう人はその苦労を人に見せていないだけだなのです…。少なくとも、SNSにそんなことをアップする人はいない…。なんなら、社長とか経営者とかそういう人の方が、「雑」にまみれていることも多いはず…。


 「雑」仕事はゼロにはなりません。ただし、それだけやっていてもどこにもたどりつけないものです。雑務も同様。限られた時間の中で、「やりたいこと」をどれくらい組み込めるか…。そういうことなんだと思います。



「ドーナツ」=「雑」仕事、雑務

「ドーナツの穴」=「雑」仕事、雑務で追いやられる、自分のやりたい事


今日はここまで。文責 江口
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午後のパレードプロモーションビデオです。(youtubeより)


午後のパレード振り付けビデオはこちらからどうぞ:スガシカオオフィシャルウェブサイトより