2019年11月07日

ドーナツとドーナツの穴 第15回 『記憶と自覚と幸福感』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第15回は『記憶と自覚と幸福感』


 『ベロベロ』になっているとき、記憶はないが自覚はある。(経験談、経験多し)
『デレデレ』しているとき、記憶はあるのに自覚はない…。(同じく経験談、経験は…)
※どちらも個人の感想によるものです。

一方は酒に酔っていて、一方は相手に酔っている…。どちらもその瞬間は「幸せ」なのに、記憶を呼び起こすと急に「後ろめたさ」や「恥ずかしさ」が襲ってくる…。それは「コントロールできない」感情だったり、行動だったからだ。

……


 行動しているとき、その瞬間を記憶して、自覚できているなら、おそらくその「行動」は完全なコントロール下にあるので、満足はするが幸福感は少ない。

おそらく幸福感は、記憶、自覚、あるいはその両方ができないときに感じる感覚。コントロールできないものが幸福感なんだと思う。


 幸福感を感じたことを思い出して、人はまた幸福感に浸る…。それは可能。幸福感そのものを「言語化」できる人間は、多分どこか「不幸せ」なんだと思う。


 コントロールできる範囲内で、コントロールできないことを望む。それが人間の業である。コントロールできることをきちんとコントロールしながら、コントロールできないこと(もあること)を受け入れる。これが出来れば、たぶん人はちょっとだけ「幸福」になれる(と思う)。


 幸福であることと、「幸福感」は違うのだが、それはまた別の話…。


「ドーナツ」= 幸福感を思い出しているときは、記憶もあるし自覚もある。

「ドーナツの穴」= 幸福感を感じているときは、記憶がないか、自覚がないか、あるいはその両方が無い。


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:48| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴