2019年11月18日

ドーナツとドーナツの穴 第26回 『「出し抜く」考』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第26回は『「出し抜く」考』


 人を出し抜くには、出し抜くテクニックやタイミング云々以前に、根本的に必要なものがある。それは、

『出し抜かれる人も含めた、出し抜ける環境』

である。


 では、出し抜ける環境とはどういうものか?それは、

『出し抜く人が少ない環境』

である。すべての人が「出し抜こうと」している環境では、出し抜くのは相当難しい…。というかそもそも、

『出し抜いて得られるものがない環境』=『出し抜く人ばかりの環境』

なのだ。最初のドリンク一杯、10円で飲める居酒屋があったとして、すべての人がその一杯だけで帰ったら、その居酒屋は潰れてしまう…。そんな環境だ。※西村ひろゆきさんのTVでの発言より引用。


 「出し抜く」ことを効果的にするには、多くの人が「出し抜かない」ことが得。と思える環境にすることが必要になる。これを実現するには、

・文字通り、お互い出し抜かないことが得

になるか

・出し抜くと損

になるような環境にする必要がある。ということは

『出し抜くためには、出し抜くと損、あるいは出し抜かないほうが得』

となる環境で生きていく必要がある…、ということになる。少なくとも大多数が「そう思える」環境でないと、出し抜けない環境になっていく。


 出し抜かない人が増えると出し抜こうとする人が増え、出し抜く人が増えると、出し抜けがうまくいかないことが増えるので、出し抜かない人が増える…。ここにもナッシュ均衡が働くのかも知れない。人間の行いであっても、振る舞いは単純なようだ。


 『多くの人が出し抜かないほうが得な社会があるから、時々出し抜くことが上手くいく』

というのが、現実。全く出し抜かずに生きて行くというのは、意識的にしろ無意識的にしろ難しい。だからこそ、

「できるだけ出し抜かず」
「出し抜きすぎる」
「出し抜かない人に恩を返せる」

ような選択が現実的なのかも知れない。少なくとも、出し抜かないほうが良いと思える社会に生きていることは感謝すべきだど、個人的には思う…。


「ドーナツ」= 出し抜く

「ドーナツの穴」= 出し抜くには「出し抜かないほうが得」と思える環境が必要


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:58| Comment(0) | ドーナツとドーナツの穴