2019年12月12日

ドーナツとドーナツの穴 第49回 『経営者と指導者』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第49回は『経営者と指導者』

スタッフB「社長って、割と冷めた経営してますよね?」

経営者「どういうこと?」

スタッフB「なんか、世界を変えたいとか、100年企業を作るぞ!!みたいな熱ってないじゃないですか?」

経営者「えっ、軽い悪口?」

スタッフB「ちょっと大げさかもしれないけど、GAFAとかそういう企業の創業者って、経営者というより指導者みたいな感じ、カリスマみたいな何かがあるじゃないですか?」

経営者「だから悪口になっているんだってば!! B君の話だと指導者のような経営者とそうでない経営者があるって話だけど、その違いってわかる?」

スタッフB「人間性っすよね?」

経営者「だ・か・ら、悪口になっているって(笑)。もちろん、人間性は違うけど一番違うのは「意識してる時間の幅」みたいなものかな。もちろん、それだけじゃないけど。」「長いスパンで業界や会社の未来を考える、国家、地球レベルで未来を考える、それが強くなると指導者に近くなる。会社の周辺の状況や自分が社長でいる間だけを考えるような人ほど、純粋な経営者に近くなるイメージかな

スタッフB「ということは、扱う時間がもっと短いような経営者も存在するんですか?」

経営者「B君、また説明みたいなこと言っているけど、その通り。指導者とは真逆の人もいるわけだよ」この続きはまた次回にでも……

……

 指導者と経営者、厳密には分類できない、指導者的な経営者もいるし、そうでない人もいる。同じ点は、

「自分だけでできないことを、人と一緒にやり遂げようとしていること」


違いは、指導者は、人生サイズあるいはもっと大きな視点で物事をとらえ実行しようとすること。純粋な経営者ほど、自分の仕事サイズの視点で物事をとらえる傾向が強くなること。


 扱う範囲とスパンが違うので、経営者よりになればなるほど、規模は小さくなるが、周囲はわかりやすい。だから、経営者の言動は伝わりやすい傾向にある。逆に指導者は、場合によっては「何をいっているかわからない」みたいな状況に陥りやすい。当然迫害を受けたり、冷遇されたりすることも起きる。世界的な宗教の教祖とか、著名な政治家などがイメージしやすいかも知れない…。


 指導者的であっても、経営者的であっても、どちらにしても「自分だけではできないことに、周囲を巻き込んでことを為す」ことは同じ。指導者はスパンが長い傾向が強くなるので、指導者が生きている間に、事を為せない場合もある。そういう場合、「ペテン」「詐欺」みたいなレッテルを張られることもある。

経営者は周囲に言動の意味は伝わりやすいのでそのリスクは少ないが、事を為せなければ非難を浴びるのは同じ。


 指導的な経営者だから偉いとかではない。何を目指すかの違いだけだ。ただし、指導的な経営者には、「強烈な信者」=「理解者」がいないと、本人がくるくる回っているだけの状況が出来たりする可能性がある。先を見すぎて、凡夫にはわからない場合が多いからだ。

経営者「超(スーパー)その日暮らしの僕には、全くない視点だけどね」


 

「ドーナツ」= 指導者

「ドーナツの穴」= 指導者的になるほど、扱う時間のスパンと範囲が大きくなる。だからよほどの理解者がいないと指導者は「自分でくるくる回る」ような状況になる。指導者だから偉いというものではない。



今日はここまで。文責 江口
IMG_20191031_103727_3.jpg
posted by 江口 匡成 at 08:36| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴