2020年02月11日

ムリ・ムダ・ムラ 第3回『多様性とはコントロールされたムラである』

 動物占いというものが流行った時期があった…。個性心理学という名称で呼ばれることもある。

その性格分類の解説の中で、「太陽グループ」「地球グループ」「月グループ」という3分類があった。3分類の特徴の一つに、

「太陽グループ」=ムラがある
「地球グループ」=ムリをする
「月グループ」=ムダが多い


というものがある。動物占いの科学的信ぴょう性は一旦脇において、このムリ・ムダ・ムラの切り口は面白いと感じたのがこの記事を書こうと思ったきっかけである……。


参考文献はこちら↓


☆☆☆ここまでは前置きです☆☆☆


第3回は『多様性とはコントロールされたムラである』

 ある集団に多様性があるということは、その集団にはムラがあるということ。そのムラを許容するには、ロス≒ムダを覚悟する必要がある。

『集団の目的』
『集団に属する個人の目的』


がムラがあればあるほどばらつきがあり、すべてのリソースがある方向に向いているような、統一性の高い集団に比べればどうしてもムダが出る…、ということになる。


 ムダがある組織が、そのムダを抱えたまま維持されるには、何らかの努力≒ムリをする必要がある。それが実際の作業レベルの話から、組織、多様性を担保することの意義、理念を共有するところまで、

『誰かの努力』

なしに成り立つことはない。先導者の強烈な個性であったり、集団の構成員の地道な努力であったり…と、とにかく一定量以上のムリが必要になる。で、そのムリがきかなくなったところから集団は崩壊が始まる。それはその集団の多様性が高ければ高いほど、より顕著に表れる傾向になる。


 多様性のある集団を維持するには、そのムリを継続する必要があり、そのためには

「ムリをムリと思わない価値観」



「ムリを継続できる仕組み」

が必要になる。多様性があることが善であり、多様性を維持するためのムリは必要で、そのムリを引き受けた人が何らかの形で評価される…、とざっくり言えばそんな感じのことだ…。


 ここで、ある疑問が生じる。さて、その集団の「多様性」を善と判断したり、構成員を評価する人がいるとして、その組織は多様性があるといえるだろうか?その人の志向性や価値観に縛られる可能性はないだろうか?ということで、いわゆる「仕切る人の価値観に応じた、ある種『偏った多様性』のある集団」が「多様性のある集団」の正体ということになる。
※その偏りの是非、偏りがあること自体の是非はここでは問うていない。


 多様性を否定しているわけではない。多様性のある集団の特徴を考えているだけだ。集団の中での、真の意味での多様性とは、「コントロールされたムラ」で、意識的にしろ、無意識的にしろ『コントロールできない、関りたくないムラを排除して成り立っている』という事実があるということだ。


 多様性とは、コントロールされたムラである。という前提にたって、どのようにコントロールされているのかを知った方がよい。何を受け入れ、何を排除しているのか…?それがその集団の多様性の「個性」になっているはずだから…。


 
今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:27| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ