2020年08月06日

ムリ・ムダ・ムラ 第37回『あだ名』

 あだ名はある関係性だけで通用する呼び名。つまり、あだ名がある時点で通常より深い関係性があることを意味する。関係性の良し悪しは別として。例えば、有名人であだ名のある人は相当ファンに愛されているか、逆に憎まれている。なんにしても注目されている証拠ではある。


 有名人や建造物など認知されやすくするため、ファンに愛されやすくするため先に愛称をつける場合もある。そういう意味で、愛称は定着しなければ一方通行になる場合が多い。それを避けるために建造物や動物、ゆるキャラ…、場合によっては人にも愛称を公募するのだが、さて、どれくらいの効果があるかは未知数。


 それに対し、ほぼあだ名は自分では選べなえい。名付けられるもの。だからこちらの好みや思いは基本反映しない。

言う側も言われる側も「納得」「受け入れ」が出来ればあだ名はよい愛称となる。
言う側だけしか「納得」「受け入れ」が出来ないあだ名は、愛称ではなく別称。いやっ、場合によっては蔑称か?



 もちろん、名前が本来あるからあだ名はムダと言えばムダである。

名前
それは燃える命
一つの地球に一人ずつ一つ
……

なんて歌っていたグループもいるくらいだから、本来名前があればほぼ用は足りるはず。


 名前から派生した略称なんてものもある。これはムダではないし、略称が愛称やあだ名になる場合もある。
※元の名前よりあだ名や愛称が長くなる…、なんて例もあるが。

関係性で呼び方が変化する。とっさの呼び方で関係性が見える。あだ名は関係性を表している…。


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:07| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ