2021年10月21日

すがる

 すがれるような栄光を遺せるような人は、多分栄光にはすがらない。



 すがれるには、すがられる側が頼りにならないといけない。まあ、追い込まれて「藁をもすがる状態」になれば「これはすがれるか?」などと考える間もないだろうが。



 「すがるよりすがられる人間になれ」…とは聞いたことがない。



 すがらないことが自立なのか?いざというときすがれる場所を作ることが肝要なのか?



 自覚がないだけで人は何かにすがって生きているのは間違いない…、というのは多分正しくない。とはいえ、何かにすがるような状況にならないと、「生」そのものを意識することすらほとんどないのは事実である。

良し悪しはともかく、死ぬまでは人は絶対生きている。生に意思を込めることはできるが、生そのものに意思は必要ない。「死は自立、生は自律」なんてことをどこかの本で見たような見なかったような…。



 深刻な状況に思えても、そこで何かにすがっている自覚があるなら、多分まだまだ大丈夫である。
自分か自分以外の何かに「頼れている」からこそ、すがっている自覚を持てる。

すがれていなければ、すがれている自覚は持てない。





 今日はここまで。文責 江口
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タグ:すがる
posted by 江口 匡成 at 10:16| Comment(1) | 無題