2022年06月30日

無為無策も策の一つ

 「無為無策」という言葉は基本良い意味で使われることはない。
何も手を打たない場合などを批判されることに使われたりする。

だが、無為無策も策の一つである。
例えばコロナはどの解決策をとっても最終的には絶対に収束する。※終息ではない。
人間の都合を除けば、落ち着くところに落ち着くだけである。
人間がそれでは困るから「何か対策を」と望むだけである。


 無為無策≒何もしない…、という選択とするならば、ある課題について少なくともムダなリソースを割かないという策を選んでいるとみることもできる。言うなれば持久戦や省エネ戦略ともいえる。
※それが正しい選択かどうかは別として。



 何らかの策をとっても、その効果を得られない人にとっては「無為無策」と同じ。
実際は無為無策ではなく、策の効果を本人が感じられなかっただけである。
そういう意味では、無為無策ではなく、為と策が(自分にとって)効果的でなかったというのが正しい。
※有為駄策(字面だけのニュアンスで完全な造語)とでもいうべきか。



 無為無策と声高に批判する人の策を聞くことはそう多くない…。
「無為無策」と責めるだけの策に、為や策があるのだろうか?




今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:18| Comment(1) | 無題