2019年11月09日

ドーナツとドーナツの穴 第17回 『「ありふれた」論』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第17回は『「ありふれた」論』


 「ありふれたアイデアだね」、という人のありふれていないアイデアをあまり聞いたことがない…。ありふれている以前に、「最初に何か意見を出す」ということの重要性、いわゆる「たたき台」を出さない人に限って、

「ありふれている」

という言葉を簡単に使う…。「コロンブスの卵」という『ありふれた逸話』を知らないのだろうか?…。


 「ありふれた」と批判するならば、

・ありふれていない何かを出すか

少なくとも、

・どこがありふれているか

はせめて指摘した方がいい…。ただし、それを指摘できるということは、そこにありふれていない「何か」があるということの証明になるのだが…。


 まずは、「ありふれてみる」。そこが基準になる。ありふれてもいない人に、「ありふれている」と言われたくはないし、「ありふれられれば」意外と生きて行けるのが、世間なんだと思う。

ありふれた以上の人もいる。
ありふれた人もいる。
ありふれた以下の人もいる。
……

ありふれた以上で居続けられる人はいないし、ありふれた以上のものが全くない人もいない…。


「ありふれる」だけでも、十分誰かの役には立っている…。



「ドーナツ」= 「ありふれる」

「ドーナツの穴」= 「ありふれていても、誰かの、何かの役には立っている」


今日はここまで。文責 江口
IMG_20191031_103727_3.jpg
posted by 江口 匡成 at 09:08| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
12
Posted by 本人です。カウント用 at 2019年11月19日 15:59
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: