2019年11月15日

ドーナツとドーナツの穴 第23回 『様子見』その3

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第23回は『様子見』 その3


 「様子見」は強者の論理である。普通に想像すれば、自分より強い相手を「様子見」することは出来ない。「様子見」するということは、少なくともその時点で「相手を自分より弱い」と判断していることになる……。

それが油断につながるのだが、それが本題ではない。自分の強さ、相手の強さ、それぞれにおいて、

「自分の見積もりが本当に正しいのか」

これが担保されないと「様子見」などほとんど意味をなさない…。


 特に重要なのが、「自分の強さ」「自分の弱さ」の把握だ。これはやろうと思えば徹底的にやれる。なぜなら、情報はこちらに全てあるからだ。でも、多くの人はそれが出来ない。

「自分の実力は甘めに見積もる」

傾向が強いからだ。


 自分に自信を持つことと、自分の実力を客観的に把握すること。主観と客観、それを同時に把握する努力を惜しまないのがプロ。主観と客観の間で揺れるのが一般人。そして主観と客観どちらかに偏り、勘違いするのが「必敗の人」…。


 プロですら、主観と客観を同時に把握するのは難しい。しかもそれを極限のレベルで相対して、勝負しているのがプロである。

……


 相手の情報は、突き詰めれば「想像の域」を出ない部分、それこそ「様子見」しないとわからない部分が必ず残る。そういう意味で、相手に対する「様子見」は必要な戦略ではある。次回はそれを書く予定だが、必要なのは

『自分自身のことを、様子見していないか?』

という意識である。


 自分自身の「様子見」は必要ないし、繰り返しになるが、把握するための情報はすべてこちらにある。それをどれくらい真摯にやるか?それと同じくらいのスタンスで相手に向き合えるか…?


 「様子見」を戦略たらしめるには、相手と自分自身に対する「敬意」と「客観」の両方があるかどうかなのである。




『自分自身を「様子見」していないか?』

「ドーナツ」= 様子見

「ドーナツの穴」= 様子見を戦術たらしめるのは、自分と相手に対する敬意と客観の共存である。


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:30| Comment(0) | ドーナツとドーナツの穴
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