2019年11月24日

ドーナツとドーナツの穴 第31回 『かわいいに引っ掛かる』(かわいい女性に引っ掛かるという意味ではない)

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第31回は『かわいいに引っ掛かる』(かわいい女性に引っ掛かるという意味ではない)


 「かわいい」という言葉にちょっと引っかかる。ここ数年、無生物以外に「かわいい」という言葉は使わない(酩酊していないときは)ようにしている。というか使えない。
生物には、「素敵」「奇麗」「美しい」「華麗」…等々、別の言葉を使うようにしている。(繰り返すが酩酊していないときだ)


 個人的に「かわいい」には、どうしても対象を自分の下に見ている、自分の範疇にあるというニュアンスがあると感じてしまう。だから「かわいい」という言葉が、誉め言葉や何かの価値を認めた時に、ふいに出ないようになった…。あえてちょっと揶揄したい時に、わざと「かわいい」と使うことは今でもある。

……


 まったくコントロールできないものは、手に負えないし面白くない。逆に完全にコントロールできるものは、退屈で面白くない。とかく人間の欲は我儘である。


 猫や犬などが一般的な意味で「かわいい」(ここでは愛おしいのニュアンスの方が近い)と思えるのは、

『飼えるということ≒コントロールできる要素』 

だけでなく、

『生き物であるということ≒コントロールできない要素』

があるからだ。そのバランスが絶妙なのだ。

『かわいいだけではない魅力』

があるからペットは愛されるのである。ペットに限らず好きになったり、愛したりできる人や物は、

コントロールできる「かわいさ」だけでない、コントロールできない魅力。その相反する両面に惹かれているんだと思う…。

『「かわいい」だけで人は何かを「好き」にはならない。それは「好き」ではなく単なる物欲に近い』

と個人的には思う。


 生物に「かわいい」は基本的には使わない。無生物には使う。

「かわいい」だけなら一過性のブームで終わる。ずっと愛されるものには、必ず「コントロール出来ない魅力」がある…。

 
「ドーナツ」= 『かわいい』

「ドーナツの穴」= 『かわいい』という言葉のニュアンスにある、対象を自分のコントロール下にあるという意識



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:15| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2019年11月24日 09:30
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