2019年11月25日

ドーナツとドーナツの穴 第32回 『「だった頃」論』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第32回は『「だった頃」論』


 子供だった頃があるのに、「子供のことがわからない」大人が多い。実はこの構図はたくさんあって、

・学生だった頃があるのに、学生の気持ちがわからない先生
・平社員だった頃があるのに、スタッフの気持ちがわからない社長
・お客さんだった頃があるのに、お客の気持ちがわからない店員
・初心者だった頃があるのに、初心者の気持ちがわからない熟練者
・一般市民だったころがあるのに、一般市民のことがわからない政治家

等々……

本当に枚挙に暇がないほどたくさんある。


 ヒントはここにあって、特別な技術や知識も大事だが、

『「だった頃」を思い出せる。あるいは思いを馳せる』

ことができれば、きっと、良い先生や良い社長、良い政治家などに近づくことができるのではないかと思う。


 恐いのは、経験や研鑽をつんで「だった頃」と今の自分が遠くなるほど、

『「だった頃」と今の乖離に気づかず、現状を「だった頃」の自分と同じような人のせいにする』

ような現状把握をすることだ。


 「だった頃」の思いがあって、今のあなたがある。そのはずである。そこを外さなければ、多分なんでも出来ると思う。成長や経験による驕りを捨て、がしかし、自分の成長や経験に対する誇りを胸に、「だった頃」に向き合えばいいと思う。

『「だった頃」の自分が望んでいたように…』

 それだけでも、何かが動き出すと思う。


「ドーナツ」= 『「だった頃」があるのに、「だった頃のこと」がわからないという滑稽さ』

「ドーナツの穴」= 「だった頃」を思い出す、「だった頃」に思いを馳せることができれば、少なくとも今よりうまくいく



今日はここまで。文責 江口
IMG_20191031_103727_3.jpg
posted by 江口 匡成 at 13:12| Comment(0) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: