2019年11月28日

ドーナツとドーナツの穴 第35回 『関連性』その3

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第35回は『関連性』その3


 誰かの行動によって、自分に沸き起こる感情には、本来関連性のないものを関連付けたがる傾向にあると書いた。また、自分の行動によって、誰かに沸き起こる感情には、本来関連性のあるものを関連付けたがらない傾向にあるとも書いた。前回、前々回と意図的にミスディレクションしている。これは完全な矛盾である。

よくよく考えれば自明だが、主体と客体を入れ替えれば、実はありえない。自分とは誰かの「誰か」。つまりは『相手=誰か』の行動によって、『自分=誰かの誰か』の感情が沸き起こるのは関連性があるとなる。ところが、この「誰かの誰か」は自分であるから、自分に沸き起こる感情と誰かの行動は関連性がないということと矛盾する。

『沸き起こる感情は、本人が恣意的に選んでいるだけなのだ…』

そして、

『関連性の有無も、本人が恣意的に選んでいるだけなのだ…』

 愛情も、嫉妬心も、友情も、喜びも、悲しみも……、本人が(意識無意識に関係なく)選んでいるだけなのだ。それは相手も同じく。だから、自分以外の感情は自分の行動ではコントロールできないことになる。

 事象と事象、事象と感情といったものの関連性も、言うなれば本人の都合で勝手に関連付けているだけなのだ。勝手に関連付けたり、しなかったりして、勝手に感情を沸き起こしたり、沸き起こされたりしている…。それが現実だ。


 だからこそ、「自分らしく」「自分の思うように」事象と感情等を関連付けて、感情を上手にコントロールしながら、生きていけば楽しくなるよ…。というのは、これまたミスディレクションである。


 本当にいきいきと生きている人は、多分そうは考えない。もっとシンプルで明快に考える。あたかも、研究者が現象と現象の相関関係を探るように…。

ここまでをまとめると、

『自分が感じる感情は、本来関連性のない(少ない)ものを関連付けしたがる傾向にある』×

『自分の思考や言動が、周囲に惹起させる感情は、本来関連性の高いものを関連付けたがらない傾向にある』×

『事象と事象の関連性と、それによって惹起される感情は、主体(自分や誰か)が恣意的に選んでいるだけ』◎
 

次回へ続く……


「ドーナツ」= 『事象と感情の関連性と、それによって惹起される感情は、主体が恣意的に選んでいるだけ』

「ドーナツの穴」= 『何にしろ相手に起こる感情は、自分の思考、行動ではコントロールできない。だから自分らしく、自分の感じるままに生きればいい…とはならない』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 11:21| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2019年11月28日 11:41
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