2019年11月29日

ドーナツとドーナツの穴 第36回 『関連性』その4(まとめ)

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第36回は『関連性』その4(まとめ)


 『事象と事象の関連性と、それによって惹起される感情は、主体(自分や誰か)が恣意的に選んでいるだけ』

本当にいきいきと生きている人は、もっとシンプルで明快に考える。あたかも、研究者が現象と現象の相関関係を探るように…。

……

これが前回の前フリだった。


 関連性も感情も「恣意的」ならば、『選択』できるということ。つまりは「本人次第」なのである。もっと根本的な話をすれば、いきいきと生きている人、主体的に生きている人のほとんどは、

「自分の感情を思考に含めない」

し、もっと極端な人は、

「自分と他人の感情を思考に含めない」

のである。純粋に、

『事象と事象の関連性を追い求める』

のである。著明な研究科や経営者などを思い浮かべればわかると思う。ただし、彼らが感情的にならないかというとそれは違う。あくまでも、

『感情を感知しないし』
『感情に関知しないし』
『感情を勘定にいれない』


だけなのだ…。だから著明な経営者といった人は、見方によってはとても横暴に見える。同時に求道者にも見える。二面性があるようにも見えるし、偏っているようにも見える。良くも悪くも「感情に無頓着」なのだ。


 研究にしても、経営にしても、もっと言えば人生は、

『何と何の関連性を追求するか?』
『誰と誰の関連性を追求するか?』
『誰と何の関連性を追求するか?』


といったことに才能やセンスや成功の鍵があるものだ。

・咬合(咬む)力と他の筋力や姿勢の関連を研究している知り合いがいる
・自分の提供できるサービスと利用者や地域との関連を追及している社長がいる
・自分の資格と利用者の関連性の間でもがいている医療専門職がいる
・自分の周囲の成長の為に、新しい人の関連性を求め、頑張っている人がいる
・人の成功を後押しするために、教育や啓発の分野の関連性を探っている人もいる
・新しい商品をお客との関連性を考え、常に開発しようとする社長やそれに続く研究者がいる
……


 宮沢賢治も「あらゆることに自分を勘定に入れず」と書いている…。

 感情は否定したり、肯定したりするものではない。そもそも感情と事象の関連性は恣意的なのだ。なすべきことは、集中して「関連性」を探す、作る、確認する、(場合によっては)壊す、再構築する……といった、

「(新たな)関連性とその価値」

を見出すことなのではないかと思う。


 感情には、良い感情も悪い感情もあってもいい。しかたのないことだ。ただ、本当に探し求めるべきは「(新しい)価値のある関連性」ではないのだろうか?


「ドーナツ」= 『何にしろ相手に起こる感情は、自分の思考、行動ではコントロールできない。だから自分らしく、自分の感じるままに生きればいい』

「ドーナツの穴」= 何かを為そうとするなら、自分や他人の感情は勘定にいれず、『(新しい)価値のある関連性』を純粋に追い求めるべき



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 11:02| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2019年11月30日 08:00
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