2019年12月05日

ドーナツとドーナツの穴 第42回 『努力・論』その3

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第42回は『努力・論』その3


 努力について書いているので、さぞ努力することに価値があると思っていると思われるかもしれないが、別に努力することを礼賛する気もないし、否定する気もない。

理想 − 現実 = 課題

理想を夢や目標と置き換えてもいい。この課題をクリアするのに必要なのが努力(行動)。ただそれだけだ。


 上の式からわかること、それは理想が大きくなれば課題も増えるし、逆に現実が伴っていれば課題は小さくなる…。理想を高く掲げなければ、課題は小さくなるし、現実が伴ってなければ、課題は増える…。

『現実と理想のギャップを埋めるのが努力(行動)』

それ以上でもそれ以下でもない。


 理想≒目標は自分のもの、主観的であるべきもの。つまりは誰のせいにもできない。だから目標を高くしたから偉いとか、低いからダメだというものではない。単に「自分が好きでやっていること」に過ぎない…。

ゲーム好きの人が、ゲームにはまっているとき、それを尊敬するだろうか?このゲームが資格、勉強、お金、宗教、投資、ギャンブル、クラシック音楽、バイオリン、ボルダリングなどに変わるだけだ…。それぞれが好きなことをやっているだけなのだ…。

※ときどきこの理想≒目標を他人から与えられる場合がある。(医師の子供たちが親から望まれて医師になろうとすることなど)もちろん、自分の目標ならば問題ないが、

『他人の理想、夢、目標を生きることが、しばしば人生の不幸を生んでいる』

……

 人はとかく自分がやっていること、ひいては自分自身はどこか特別だと思い込もうとする節があるが、他人からすればそんなことはどっちでもいい。好きなことをやっている人は「好きなことをやっているだけ」である。そこに尊敬も軽蔑もない。それに付随する努力(行動)も同じだ。


 理想があって、そこに向けて努力(行動)する。普通の話である。だからことさら努力を強調する人は、あまり好きではない。

「その理想を掲げたのは誰?」

と聞きたくなる。人生がうまくいっている人は、努力(行動)は普通のことだと思っている。だから努力を意識しない…。で、努力なんてしなくていいという議論が出てきたりすることもあるのだが、理想を手に入れている人は間違いなく、

「やることはやっている…」



理想 ‐ 現実 = 課題(この課題をクリアするのに必要なのが努力(行動))

90円も出せば、そこらへんで買える本に普通に書いてあるレベルの話。努力(行動)に過度の意味を持たせないことが努力(行動)することのコツである。特別なことは長くは続かない。如何に早く、努力を努力と思わなくなるか…、それがコツなのかもしれない…。


「ドーナツ」= 理想 − 現実 = 課題

「ドーナツの穴」= この課題をクリアするのに必要なのが努力(行動)



今日はここまで。文責 江口
IMG_20191031_103727_3.jpg
posted by 江口 匡成 at 08:54| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
2B
Posted by 本人です。カウント用 at 2019年12月05日 09:11
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: