2019年12月07日

ドーナツとドーナツの穴 第44回 『努力・論』その5

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第44回は『努力・論』その5


 『努力している自分』とか『努力が足りない』なんていっている状況が、すでに『努力』が足りないのである。

……

『努力』というと

・頑張っている
・無理している
・踏ん張っている
等々……

のイメージが付きまとう。だがそうではない。結局のところ、本来努力とは、

「結果を出すための行動(量)」

に過ぎない…。努力の意味を強く求めても何の役も立たない。結果を出すための努力(行動)に意味はあるが、努力の意味を追求する意味はない…。それが努力の正体なのである…。


 明日、東京ディズニーランドに遊びにいくとしよう。ならば東京ディズニーランドを目指せばいいのである。電車で行こうが、車で行こうが、日帰りで行こうが、泊りがけでいこうが、そんなことは関係ない。

努力の意味を追求するのは、東京ディズニーランドに行くのに、行く手段を真剣に考えることに似ている。必要なことであるが追求するものではない。時間通りについて、パークを存分に楽しめばいい…。手段など、必要なものを準備すればそれで終わりなのである…。

 
 目標達成のための適切な努力=行動を考えることには意味がある。だが、考えるばかりで肝心の行動量が足りないようでは本末転倒であるし、そもそも、努力の意味は追求するものではない。何かを達成するために適切な行動(量)を。ただそれだけなのである。


 『努力・論』も次回で最後。「夢や目標は共有できる。それぞれの役割分担も可能。だが、努力は共有するものではない…」(仮題)に続く…。



「ドーナツ」= 努力の意味

「ドーナツの穴」= 努力とは単なる行動(量)。努力に意味はあるが、努力の意味を追求する意味はない。



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:26| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2019年12月07日 08:57
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