2019年12月08日

ドーナツとドーナツの穴 第45回 『努力・論』その6

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第45回は『努力・論』その6


 チームでダイエットするというTV番組の企画がある。例えば10人で合計100Kgの体重減を達成すれば100万円の賞金がもらえるというものだ。このような番組は端的に、

『夢や理想、目標は共有しやすいが、努力は共有できない』

ことを示している…。夢や理想はともかく、それに付随する努力(行動)も共有できるという思い込みは、悲劇である…。


 ダイエット、100万円の賞金……、それぞれの目標、チームの目標は共有しやすい。初期の目標設定の段階、ここまでは、「チームがまとまりやすい」時期だ。ただし、これを実際の行動レベルまで落としたとき、チームの崩壊が見え隠れし始める。これまでの論調で『努力とは目標達成するための行動』であることを書いてきた。

「行動レベル」=「各個人の努力」=「個人でやるべきこと」

が見えてきたとき、

「努力(行動)する側」VS「努力(行動)しない(出来ない)側」

の対立が先鋭化
してくるからだ。実際のTV番組でも、実際のワークアウトや食事制限が始まると、チーム内でもめ事が起き始めるのだ。そして、チームから脱退したり、チームが崩壊し始めたりする…。各個人が得られる成果と、各個人の努力のアンバランスが表面化し始めるからだ。あなた自身も組織内で思ったことはないだろうか?

「何で、何にもしていないあいつと私が、同じ評価なんだ」

なんてことを……。

・学校
・部活動
・スポーツ
・仕事
・会社
・勉強会
・自己啓発系
・宗教団体
・バンド
・お笑いコンビ、トリオ
・協会活動
等々……

およそ人が集まると必ず起きる現象、それが「行動する側」VS「行動しない(出来ない)側」の対立である…。TV番組では「賞金」という縛り、あるいはワークアウト中の罰で連帯責任を発生させ、努力を共有、いや強制しようとしているようである。まあ、もめ事がないと、ショーとしては成立しないのだが…。

……

 努力(行動)とは、孤独なものである。だからこそ、周囲の理解や協力は必要だ。周囲は理解や協力はできても、努力を引き受けることはできない…。

受験勉強を親が替わりにやっても、子供の成績はあがらない。
チームメイトがいくら練習しても、本人の能力はあがらない。


成績を上げたければ、自分で勉強するしかないし、能力をあげたいならば、自分が練習するしかない…。

『努力は孤独』

なのだ。正しく書けば、

『たとえ一人になってでも、努力(行動)する』

ことでしか結果は出ないのである。目標や夢を持った人を応援することはできる。だが、本人の努力(行動)を共有することはできない。

『夢や目標は共有できるが、努力は共有できない』

とはそういうことなのである。
 


「ドーナツ」= 夢や目標はチームで共有しやすい。

「ドーナツの穴」= 努力は孤独。たとえ一人になってでも、努力(行動)できるか?周囲にできるのは協力と理解だけである。



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 09:21| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
2E
Posted by 本人です。カウント用 at 2019年12月09日 10:25
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