2020年01月31日

ドーナツとドーナツの穴 第84回『水に流す』(本当の謝罪とは)

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第84回は『水に流す』(本当の謝罪とは)


 謝罪をテーマにちょっと文章を書くことがあった…。
謝罪する側とされる側…、「許す」のはされる側だ。

『謝罪される側』=『許す側』


 で、今日の本題。謝罪したことに対して、水に流すのは『許す側』だ。で現実を思い出してほしい。関係性によっては、

『謝罪する側が、「水に流して…」という言葉を使う時が意外とあることを…』

謝罪する側が「水に流して」と使う時、それは謝罪する側の方が、謝罪される側よりも立場が強い場合である。

・経験
・立場
・肩書
・権力の有無
等々……


『相手を下に見ているから、謝罪しているのに、「水に流して」と平気で言えるのである』


 謝罪する側が「水に流して…」というとき、ほとんど無意識で言っている。つまり、自分が持っている「力」に対して無自覚で、力に浸りきっていることを表している……。

そういう人間にだけはならないようにと思っているし、そういう人間とは付き合わなくてもよいように生きていたいと思う…。現実はなかなかそうはいかないが…。


 本当の謝罪、「謝る気持ち」とは、相手に許してもらうかどうかではなく、自分の「行い」に対して、素直に向き合い、本当に「悪かった」と反省すること。ならば、謝罪する本人が「水に流せる」わけがない。その姿勢に対して、

『謝られた側が、許し、「水に流そう」と思う』

のが本来の形である。


 本心で相手が謝っているなら、そう感じたなら、「水に流して」あげようと思う…。かな?


 本当の謝罪とは、こういうものなのかもしれない。
↓↓↓
さだまさし「償い 「主 文 被告人両名を懲役3年以上5年以下に処する。」




「ドーナツ」= 『水に流す』

「ドーナツの穴」= 『水に流すのは、謝罪された側。力を持つ人間が立場を使って、謝罪しながら使う言葉ではない』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:01| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年01月31日 10:13
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