2020年03月19日

ムリ・ムダ・ムラ 第14回『不謹慎』

 不謹慎を良い意味で使うことは少ない。不謹慎は文字通りなら謹慎していない、謹慎じゃないということだが、そもそも

「謹慎」

の言葉の意味を正確にイメージできる人がどれくらいいるのだろうか?…と思ってしまう。
※上記の文章が、場合によっては「不謹慎」ととられるかもしれないが…。


 不謹慎は、基本的にある集団の置かれた状況や、その集団での立場の中で、ある人の

「言動がそぐわない」

ことで生まれる「集団の感情」「群集心理」の一つである。空気を読めない人間が不謹慎と言われることが多いのはその為である。


 さて、この「不謹慎」であるが、不謹慎と判断した集団にとってはムダな言動である。もし不謹慎に意味がある、不謹慎が意味を持つような言動になれば、それは「不謹慎」とは呼ばれない。面白いのが、その言動が「謹慎」にはならないところなのだが…。


 そもそも「謹慎」は慎み、謹んでいる状態。言動が目立つようでは「謹慎」にはならない。つまり何かを発信したり、行動を起こしている人間は謹慎することは不可能なのだ。どんなに行動、発言に注意しても、ある集団で一定数は、

「不謹慎な」

という感情をもつのだ。発言、行動する限りは…。


 不謹慎をムダ、意味がないと感じる人も多い。だが、その不謹慎な言動で事態が動き出す。問題や課題、

「今、向き合うべきこと」

に集団がきちんと向き合いはじめる…。…ことも多い。


 個人的には謹慎する、謹慎している体をとるのは楽だと思ってしまう。謹慎が必要なこともあるし、謹慎が悪いとは思わないが、謹慎が思考停止にならないようにしたい。どんな状況であっても「出来ること」を考え、発信、行動できるような人でありたい。…と「不謹慎」にも思うのである。


 
今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:33| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ
この記事へのコメント
75
Posted by 本人です。カウント用 at 2020年03月19日 08:43
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