2020年05月04日

ドーナツとドーナツの穴 第118回『成り立っていないけど嚙合っている』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第118回は『成り立っていないけど嚙合っている』


 人は必ず、ツールはともかく「会話」でコミュニケーションをとる場合が圧倒的に多い。その会話を考えるとき、

『成り立っていないけど、嚙合っている』

会話は個人的には好きで、そういう人とは共通の趣味など全くないのに一緒にいることが出来る。ただし、その会話そのものには実用性がないことが多い。


 逆に、

『成り立っているが、嚙合ってない』

会話ばかりの人とは、一時的な関係性は保てるが、長くは続かない…。実用性しかない会話に面白みなどないからだ。


 仕事上は、成り立って嚙合えば最高だが、プライベートは違う。成り立っていないほうが面白かったりする。成り立っていないほうが、より嚙合うということすらありえる…。

「ずれを楽しめる」
「違いを楽しめる」


そういう関係が、「成り立っていないけど嚙合っている」関係だ。ずれを楽しみ、違いを楽しめるなら、いざというときはずれと違いを合わせればいい…。嚙合っていればそれが出来る。

「ずれを許せない」
「違いを許せない」


そういう関係は、いざというとき脆い…。「成り立っているけど嚙合っていない」関係だ。ずれ始めると修正が効かない…。表層だけの脆い関係性なのだ…。


 『成り立っていないけど嚙合っている』関係には余裕がある。嚙合うには余裕が必要である。今(コロナ下で)はその余裕を社会を成り立たせるために使っている時期だ。普段成り立っているだけの「脆さ」が露呈しているのか、嚙合っているおかげで「強さ」が発揮されているのか…?「強さ」であってほしいと思う。


「ドーナツ」= 『成り立っていないけど嚙合っている』

「ドーナツの穴」=『嚙合っていれば、成り立たせることは難しくない。嚙合っているならば、違いを理解し、違いを受け入れ、違いを愛しているということだからだ。』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 09:16| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年05月04日 09:30
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