2020年06月30日

ムリ・ムダ・ムラ 第32回『発想と作業』

 誰でも、何でも『発想は自由』。だから何かを「企てた(発想した)」ただけで罪に問われるような法律は、もしあれば問題だと思う。殺人を企てた(発想した)だけで捕まるなら、ミステリー作家の多くは有罪になってしまう。それは、ともかくとして…。

……


 発想を現実にするには地道な作業が必要である。一切の作業を伴わない発想は絵空事。その作業を自分でやるか、他人にやってもらうか、マシンがやるかは別で、作業が終われば、発想は現実になる。

少し悲しいのは、作業をしていれば発想できるというわけではないこと。作業は効率を測れるが、発想の効率は測れない。作業を極めた先に発想が生まれるかどうかは保証されないのだ…。


 スパコンの富岳がここ数日話題になっていた。すごい偉業だが、スパコンの富岳は発想はしない。ただ誰かの発想がないと富岳は生まれない…。そして誰かの膨大な作業がないと富岳は形になっていない。そうして生まれたスパコンの富岳は、ものすごいスピードで、正確に、作業している。そして多くの「発想」をまた現実にしていく…。


 人間の役割はまず発想することだと思う。そして、発想と作業をつなげることも役割で、最終的に誰か(何か)作業をしてもらう…。という流れがある。
※それが市場や他者を通じたやり取り、商売になって、また自分に循環して…。おお、TG的だ!!わかる人にはわかって欲しい。


 上記の流れの中で、発想するのが得意な人、発送するのと作業をつなぐのが得意な人、作業をするのが得意な人(もの)、とそれぞれの個性がある。一人でやる場合は全てを自分でやる必要があるが、会社(組織、集団)は、その個性をつないでいる。個性をつないで何かの役に立つもの生み出し、それを誰かに届けることで商売は成り立っている。


 発想はムダ、ムラがあって当然。ただし、発想≒絵空事のままならばムリはない。発想を現実にするには作業が必須。そしてその作業にはムリ≒地道な努力がつきもの。発想があっての作業。その作業の先に新たな発想はあるかもしれないが、必ずあるものではない…。



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:04| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ
この記事へのコメント
B9
Posted by 本人です。カウント用 at 2020年06月30日 08:18
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