2020年07月17日

赤信号の横断歩道の真ん中で立ち止まったままの状態になっていないだろうか?

 赤信号は「止まれ」は規則である。だが、赤信号だから「止まれ」が常に正解とは限らない。

渡っている途中に赤に変わったらどうする?
青だと思って渡っていたら、赤だったらどうする?

……

時と場合によって、赤信号は「止まれ」の原則を破らないといけない時がある。規則を破った罰などを考えるのは、安全が確保されてからの話…。


 赤信号は「止まれ」は規則である。それは事故を減らす。そして、渡れるかどうかを判断すること、選択することの負担を減らす。

運転中、信号がなく、全て状況判断で渡れるかどうかを自分で決めないといけないとどうなるだろうか?※ベトナムなどの交通事情を思い浮かべて欲しい

その選択は相当な負担であり、危険度も増す。選択する機会が多いと自由度も増すが、負担も増すのだ。だから人は、その負担から逃げ出すために、自由を手放すようなこともある…。


 選択する負担を減らし、本当に選択すべきこと、考えるべきことに力を使う為、、毎日着る服を同じにしたり、ローテーションで決めたりしている人もいる。日々の行動をルーチン化して判断、選択する回数を減らしている人もいる。※故スティーブ・ジョブズもその一人。


 平時なら、規則に則って、選択を減らすのは有効だ。だが、非常時はそうとは限らない。平時用の規則内で対応しているとどうしようもないことになる。非常時は、まさに「選択する負担」を負うことこそが重要になる。

コロナ、水害、それにともなう経済活動の停滞…
赤信号の横断歩道の真ん中で、立ち止まったままの状態になっていないだろうか?

※ラーメンズ『TEXT』より「不透明な会話」のやり取りの一部から、着想を得ています。




今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 07:59| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
C5
Posted by 本人です。カウント用 at 2020年07月17日 08:11
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