2020年07月21日

ムリ・ムダ・ムラ 第35回『適応と変化』

 自ら変化したものが生き残るなんて言われる。実際は、環境の変化に適応したものが生き残るが正しい。環境が変化していないのに、変化したらむしろ衰退、絶滅を早めるだけである。ということは、

変化の方向が重要である。
環境の変化を見極めるのがそれ以上に重要である。

この2つ、これがかなり難しい。それが出来れば適応は簡単だし、それが出来るくらいの変化を変化と呼べるかも微妙である。変化して、環境に合わず絶滅した種の数も相当するいると思う。変化しない事もまた適応なのである。


 生きてる中で適応できるレベルの変化なら変化ではなく、むしろ加減、調整レベルの話。適応できないレベルの環境の変化で、生き残ったものを見た時、それが「進化」に見える。が、進化は自分では選べないし、たぶんできない。進化は目指すものではないし、そもそも進化しても生き残れるかはまた別。

僕らが目にしている進化は、「ある時代を生き残った進化だけ」なのである。それですらほとんど絶滅している…。僕らが見ているのは、「進化の跡」、そして「絶滅の跡」。


 自らを家畜化=「環境を自らが生きていける環境に変えること」ができるのは人間だけ。自分が環境に適応するのではなく、環境を自分に適応させているのが現在。今、求められているものの多くは、シンプルに言えば多分、

「自分が環境に適応すること」
「環境を自分に合わせようとする方向性を変化させること」


環境を自分に合わせて変化させるというムリが効かなくなってきているのが、今の状況なんだと思う。


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 07:44| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ
この記事へのコメント
C7
Posted by 本人です。カウント用 at 2020年07月21日 08:13
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