2020年08月25日

ムリ・ムダ・ムラ 第40回『偽善(チャリティを善悪で語るのはムリがある)』

 この時期になると一部で必ず話題になる。とある民放のチャリティ番組が毎年あるからだ。もはや夏の風物詩の一つになっている。ただ、この番組やその出演者に対し、人の善を「偽善」と指摘する人はどのポジションからの指摘なのか?といつも思う。

「偽善」をネット上などで糾弾するのは善なのか?何なのか?……


 一方で善ならば何でもあり…というのも微妙である。善が善で通じる範囲がある。その範囲を超えると善は必ずしも善ではない。※日本では少子高齢化が問題だが、地球レベルで見れば人口爆発が問題。少子化対策は善か悪か?みたいなことである。

もしその善が公的な税金等の投入によって成り立っているならば、その範囲には限界があるし、公的な資金の使用用途も制限がかかるのが常である。


 どの方向からみても『善』というのはまずない。そもそも善悪で判断することが微妙な問題が多い。チャリティなども本来それに当たる。

チャリティを善悪で語ること自体がナンセンス。

興味ある人が興味ある分野でやれることをやっている。これを善悪で語るのがムリだと思う。興味なければ放っておけばいい。興味があるなら好きにやればいい。チャリティはそこから始まるものだと思う。少なくとも、民放が企画してやっていることなのだから、善悪は関係ない。見なければ済む。参加しなければ済む。それだけの話…。


 自分がこだわっていることについて、自分が善だと思うのは自由だが、そのこだわりを他人が善だと思うかどうかも自由であることを忘れてはいけない。
他人の力を借りて善をやっているならば、他人の意見や指摘が入ることは当然。
自分(達)の力だけで事を起こせない善ならば、周囲を巻き込む努力が必要。
ただそれは、偽善ではない。善だと思わない価値観があり、善だと思わない人もいる。それだけのことである。


 チャリティを善悪で語るのはムリ。だから誰かのチャリティを偽善と糾弾するのもムリがある。そもそも、興味がない分野ならばチャリティそのものが存在しないのと同じ。興味がある分野で興味がある人が好きなだけやればいい。邪魔されないなら、邪魔する必要もない…。


今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:05| Comment(1) | ムリ・ムダ・ムラ
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年08月25日 08:16
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