2020年09月08日

備えることに憂う

 『備えあれば憂いなし』と言う言葉がある。だが、備えるにもコストがかかる。限られたコストの中で、どこまで備えるかが勝負になる。


 安全を突き詰めても安心になるとは限らない。それは安全に100%がないからだ。それでも安心するのは、安心はどこかで、ある種の諦観と妥協をともなった感覚だからである。

100%安全ならば安心。これは間違いない。だが逆に、

安心でも100%安全とはならない。


 自然現象に対し、備えたもので対応できなかった時、災害になって表れる。備えるにも限界があることをまざまざと見せつけられる。


 当然だが、所有している(と思っているもの)が多いほど、非常時に備えるコストが上がる。備えるコストは、自分のものだと思っているものが多いほど上がる。さらに所有するにもコストがかかったはずだし、所有し続けるにもコストがかかったはず。


どこまでを自分の所有と考えるか?
どこまでを自分の地域と考えるか?
どこまでを自分の国と考えるか?
備えることに憂う…。



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:10| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
EA
Posted by 本人です。カウント用 at 2020年09月08日 08:20
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