2020年11月16日

部分的あるいは限定的な多様性について その3

 自然は惜しみなく与える。カンブリア爆発という言葉もあるが、原因はともかく自然の恩恵によって種が爆発的に増えた。

時に自然は容赦なく奪う。絶滅してきた種の数を想像すると、そこに慈悲はないように思える。絶滅した原因はともかく……。


 人間という種以外は多様性を意識することはないだろう。だが人間が自然から容赦なく奪ってきたわけである。そして人間という単一種の急激な数の増加を招いているわけである。

一つの種の数が急激に増加しているということは、多様性は失われているとはならないのだろうか?


 人間という種の中での「多様性」の保持。これは『部分的あるいは限定的な多様性』である。
人間がある種を保護するような行動。これもまた『部分的あるいは限定的な多様性』である。


 人という種は惜しみなく与えることはできない。与える原資を人間自体が生み出しているわけではないからだ。惜しみなく与えているように見えても、自然からの恵みを返しているだけである。いや、

循環させているだけなのである。


 まずは正常な循環を取り戻す。本当の意味での多様性はその先にある。循環を無視した、循環を意識していない多様性はまさしく「部分的あるいは限定的な多様性」に過ぎないのである。「部分的あるいは限定的な多様性」が悪いわけではない。ただ、その多様性がどこからきているのか?何からもたらされているのか?ということがポイントになってくる。


次回に続く……




今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:29| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年11月16日 08:54
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