2020年12月08日

ドーナツとドーナツの穴 第201回『抱える、抱く、抱きかかえる』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第201回は『抱える、抱く、抱きかかえる』


 3つの単語とも対象物を自分の方に引き寄せる動作を含んでいる。
「抱える」は持ち上げる、接地面がないようにするニュアンスもある。
「抱く」は引き寄せれば取りあえずは持ち上げる必要まではなさそうだ。

当然、これらはかなり接近した状況になるので、対象物に意思があり、こちらに対して攻撃してくるようなら大事になる。懐に入れるには、それなりの覚悟と信頼が不可欠である。もちろん、対象物に対する情報も…。


 抱え続ける、抱き続ける、抱きかかえ続ける…。文字で書くとこれらを続けることはかなり大変だと思う。
が、「捨てられない何か」を抱えたまま生きていることもよくある話。「へばりついて離れないもの」は抱えて生きていくしかない。


 一個人が抱えていけるものはそう多くない。さらに「抱えて生きる」しかないものもある。
「何を抱えるか」「何を捨てるか」
抱えなくても良いものを抱えるほどの余裕はない。


 「支える」という言葉がある。「抱える」よりも互いの距離感が遠い。人間関係でも、抱えなくても、支えるという距離感もある。「支えあえる」距離感で「包み込まれた」社会、誰かが抱え込まなくても何とかなる社会…。ある種の理想だと思う。

お互い支えあえる距離感で「包み込まれた社会」を作るために抱える必要があるものを、今誰が抱えているのか?抱え込んでくれているのか?そんな人(達)を少しでも支える存在でありたい…、と思う。




「ドーナツ」=『抱える、抱く、抱きかかえる』

「ドーナツの穴」=『人間関係でも、抱えなくても、支えるという距離感もある。「支えあえる」距離感で「包み込まれた」社会、誰かが抱え込まなくても何とかなる社会…。ある種の理想だと思う。』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 07:55| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年12月08日 08:16
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