2020年12月24日

ドーナツとドーナツの穴 第209回『間が差す、魔が差す』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第209回は『間が差す、魔が差す』



 結果が同じでも意図の有無で過失か故意かになる。

意図が無ければ過失
意図があれば故意
#未必の故意なんて言葉もある



 刑罰などは意図がなかった場合、すなわり過失の方が罪が軽減される傾向にある。
逆に生き方などでは、意図があることを是とする傾向が強い。
#意志あることろに道あり



 ある瞬間にどんな意図があったかを推し量るのは非常に難しい。
多くの場合、「ある瞬間にどんな意図があったか」を思い出す作業になるからだ。
その瞬間を思い出せるわけがない。完全に思い出せるなら、多分思いとどまれる。思い出せるなら本当の意味での思いではないのかもしれない。
#思いは沸き立つもの、無意識。思考して絞り出すものではない。

良くも悪くも、たまたまその「瞬間≒間」が訪れたわけである。



 動機だけで人は動かない。タイミング≒間が合うことが重要。
動機を追いかけるのも大事だが、タイミングを合わせること、どんなタイミングあったかも大事である。
逆に、罪を犯さない、思いとどまるにはそんなタイミングが訪れないようにすることである。



 魔=間である。
間≒タイミングが訪れるから魔がそこに表れる。
間が差すから魔が差すのである。






「ドーナツ」=『動機だけで人は動かない。タイミング≒間が合わうことが重要。』

「ドーナツの穴」=『ただし、魔=間でもある。「間≒タイミングが」訪れるから魔がそこに表れる。間が差すから魔が差すのである。』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 08:18| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2020年12月24日 08:33
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