2021年04月12日

ドーナツとドーナツの穴 第248回『信じる者は救われるは間違い』

『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 第248回は『信じる者は救われる間違い』

 「信じるものは救われる」が真ならば、「信じない者は救われない」も真である。だが、この命題は完全に間違えている。



 コロナワクチンを例に考えれば、コロナワクチンの効果を信じるものは救われるなんてことはない。コロナワクチンの効果を信じて「ワクチン接種した人」が発症しにくくなるのが真実である。

逆に言えば、コロナワクチンの効果など信じていなくても、ワクチン接種すれば発症しにくくなる。信じていなくても救われることもあるのだ。


 現実はワクチン接種しても発症しないわけではない。実際に日本でも、2回コロナワクチンを接種して感染が確認された例がすである。
2021年4月11日 17時18分 共同通信の記事より
https://news.livedoor.com/topics/detail/20008278/

ワクチンを信じて接種しても感染するときはするのである。

そもそも、誰もコロナワクチンを打てば発症しなくなるとは言っていない。インフルエンザワクチンでも、接種しても感染するときはする。当たり前すぎて記事にもならないくらい普通の話。


 信じても行動が伴わなければ救われない。信じていなくても行動すれば救われることもある。信じて行動しても救われないことがある。

「信じれば、行動を起こしやすくなる」

「行動すれば、救われやすくなる」

ただ明らかなのは、行(動)を伴わない信は無意味。行動には、結果はともかく、少なくとも動いた分の価値はあるようだ…。


「ドーナツ」=『「信じるものは救われる」が真ならば、「信じない者は救われない」も真である。だが、この命題は完全に間違えている。』

「ドーナツの穴」=『行(動)を伴わない信は無意味。行動には、結果はともかく、少なくとも動いた分の価値はあるようだ…。』



今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 09:33| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
18E
Posted by 本人です。カウント用 at 2021年04月12日 09:50
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