2021年06月09日

『功を愛して人を愛さず』は完全な間違いである。

 「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がある。犯した罪を憎んでも、その罪を犯した人を憎んではいけないという意味だ。



 ここでいう「罪」の対義語が「功」なのか「徳」なのかは判然としないが、功罪という言葉もあるので、功を対義語と規定すると、表題の言葉、「功を愛して人を愛さず」が想起された。成果至上主義、結果主義の権化みたいな表現になったが、これは明らかな間違い、誤認である。



 罪を憎んでも、その人は憎まない。罪を犯した心は憎んでも、その人は憎まない。「罪を憎んで人を憎まず」とはそういう意味である。功罪は功罪として判断し、人は人として認める。行為と結果そのものと、行為者をわける。そういうことである。

罪は憎んでもいい、功は認めてもいいし、愛してもいい。だが、それとは関係なく人は認めよ、愛せよ、赦せよ。

…ということである。※もちろん、罪や功を認めなくてもいいという選択肢も残してある。誰にとっての罪なのか、功なのかという要素が残るためである。



 「罪を憎んで人を憎まず」は、やさしそうで厳しい言葉でもある。裏を返せば、「たとえ愛していても、その人が犯した罪は憎む」ということを含む言葉でもあるからだ。

愛しているから罪を罰さないではない。愛は愛、罪は罪。そういう厳しい戒めでもあるのだ。


 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 09:03| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
1AE
Posted by 本人です。カウント用 at 2021年06月09日 09:13
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