2022年03月09日

ドーナツとドーナツの穴 第323回『幸せについて考える時間があるなら結構幸せで幸せになりたいと考える時間はまあまあ不幸である』

 第323回は『幸せについて考える時間があるなら結構幸せで幸せになりたいと考える時間はまあまあ不幸である』

 最初に言い訳めいたことを書けば、幸せを考えることの是非とか、幸せになりたいと考えることの善し悪しを書きたいのではない。



 幸せについて考える時間があるということは結構幸せである。その「時間がある」ということがすでに幸せだ。そう思えば、幸せになりたいと考える時間があるのも幸せともいえる。

だが、考えようによっては(十分な)幸せでないから「幸せになりたい」と思うわけだから、そう思えば当人にとってはまあまあ不幸なのかも知れない。



 本当に幸せな人は幸せを意識する時間がどれくらいあるだろうか?
真に不幸な人が、日常の中で幸せになりたいと考えられる時間がどれくらいあるだろうか?



 幸せを考えるならば不幸も浮き上がってくる。
幸せになりたいと考えるならば不幸だと感じる現実が浮き上がってくる。



Don't think you are.Know you are.
速く動こうと考えるな。早いと知れ。
幸せになろうと考えるな。幸せだと知れ。
そのあたりが答えなのだろう…。




「ドーナツ」=『幸せを考えるならば不幸も浮き上がってくる。幸せになりたいと考えるならば不幸だと感じる現実が浮き上がってくる。』

「ドーナツの穴」=『Don't think you are.Know you are.
速く動こうと考えるな。早いと知れ。
幸せになろうと考えるな。幸せだと知れ。
そのあたりが答えなのだろう…。』





『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:25| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年03月09日 10:37
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