2022年04月04日

ドーナツとドーナツの穴 第325回『生き甲斐』

 第325回は『生き甲斐』

 生き甲斐がないと考える人がいる。
生き甲斐なんて考えずに何かに没頭している人がいる。
そもそも、生き甲斐なんて考える余裕もない人もいる。
……



 「生き甲斐は何か?」と考える時点であまり活きは良くない。
『生き甲斐は〇〇だ』と言い切れる人は多分あまり粋ではない。



生きている実感を感じやすいのは死に近づいた時だ。

「死に甲斐」とはあまり聞かないが、生き甲斐を感じるのは死をどこか意識しているときでもある。
ならば「死に甲斐」と「生き甲斐」は隣り合わせ、いやほぼイコールである。



 生き甲斐は死に甲斐がないと感じられない感覚である。
生き甲斐を感じられる何かに、生き甲斐なんて考えずに取り組めている状況。
あるいは、死に甲斐なんて考えずに、飄々と今を生きている状況。
それが『粋』な生き方。



 何にしろ、生き甲斐なんて考えずに生きている方が、生物としてはおそらく活きがいい。






「ドーナツ」=『「(自分の)生き甲斐は何か?」と考えている時点で、生物としてはあまり活きは良くない。』

「ドーナツの穴」=『生き甲斐なんて考えずに生きている方が、生物としてはおそらく活きがいい。』





『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 09:56| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年04月04日 10:06
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