2022年04月06日

ドーナツとドーナツの穴 第326回『身の丈にあった生活は身の丈がわかっているから出来る』

 第326回は『身の丈にあった生活は身の丈がわかっているから出来る』

 無限に身の丈を大きくしようと思うといずれ破綻する。
生活者全員が身の丈に合った生活を送るようになると、縮小均衡しそうだが。



 自分の適正な身の丈がわからず大きくしようと思う人が多いと、「社会の身の丈」は大きくなる。
結果、一人一人の身の丈は大きくなる。当然大きくするのに失敗する人もいる。
それを含めて「社会の身の丈」を大きくしようと思えば、
身の丈に合わない生き方で、失敗した人も再起できるくらいの「社会の身の丈」が必要。

多分、全人類を包摂するほどの「社会の身の丈」は、今はない。
だから、世界(人類)は少し身の丈を見直す時期に来ているのか?知らんけど。



 一度大きくなった身の丈を小さくするのは難しい。(ダイエットと同じ)
それに対して身の丈を大きくするのは簡単。
だが、その大きくなった身の丈で(生活の)健康を維持するのは、多分ダイエットよりも難しい…。



 すべての人に共通する適正な身の丈はおそらく存在しない。適正な身の丈には個人差がある。
だから、誰かが他人に適正な身の丈を当てはめようとするのには、ちょっと別の意図を感じる…。
無理に適性を当てはめると窮屈に感じたり、だぶついて落ち着かない感じになるのはそのためである。


 「自分の身の丈がわかる」ためには、身の丈の変化に対する感度が敏感になる必要がある。
「身の丈にあった(生活)」とは、おそらく身の丈の変化に対する感度の高さによって培われるのだろう…。


「ドーナツ」=『身の丈にあった生活は身の丈がわかっているから出来る』

「ドーナツの穴」=『適正な身の丈には個人差がある。「自分の身の丈がわかる」ためには、身の丈の変化に対する感度が敏感になる必要がある。』





『ドーナツ』≒意識しているもの、表、機会、建前、見えているもの、認識しているもの…。

『ドーナツの穴』≒意識していないもの、裏、機会損失、ホンネ、見えていないもの、認識していないもの…。

そんな意味合いで捉えてもらえればと思います。実際書きたいことを書いているので、テーマ通りには毎回いかないですが、そこはご容赦を…。


 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 11:50| Comment(1) | ドーナツとドーナツの穴
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年04月06日 12:01
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