2022年05月11日

暴走と調整

 調整とは、ある状態を保つ、あるいは釣合をとること。
偏りや暴走状態などといった状況がなければ(あるいは認識できなければ)調整する必要はない。
基本的に

『調整が進めば、調整する労力は減少する』

となるはずだが、そうならないことも少なくない。
調整(役)が生業として成立し流行するとは、そういうことである。

暴走が先、調整が後。



 あるシステムが暴走したとき、そのシステムを調整するのに別のシステムが必要になる。

資本主義下のとあるシステムが暴走した場合、
調整する別のシステムを調達するのも資本主義下で行うことになる。

調整が利益を生むとなれば、その調整システムが暴走する。
そのシステムを調整するためのシステムが必要になり…。

その繰り返しである。

資本主義の良し悪しの問題ではなく、そういう性質があるということだ。



 調整が暴走しないように資本主義下で資本主義下のとあるシステムを、
資本主義と切り離したシステムで調整しようとする…。
そこに無理とひずみが生じる…。

で、無理が生じないように、その調整しようとしたシステムそのものを、
さらに資本主義から切り離そうとする。
で、さらに無理とひずみが大きくなる…。

その繰り返しである。



 ある程度のシステムの暴走とそのシステムを調整するシステムの暴走を
容認しながら進むしかないのが資本主義下で動くシステムの宿命である。



 暴走を調整。その調整が暴走。
調整された暴走を維持するためにある程度暴走させるしかない調整…。

 

 今日はここまで。文責 江口
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タグ:暴走と調整
posted by 江口 匡成 at 09:43| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年05月11日 10:01
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