2022年06月02日

根も葉もない真実

 根も葉もない嘘…、というのはわかりやすい。
根も葉もある嘘…、というのはやっかいである。
※ちなみに「小説とは根も葉もある嘘八百」とは佐藤春夫の言葉らしい。



 根も葉もある真実…、これもわかりやすい。
根も葉もない真実…、をどうやって真実と判断すれば良いのか?

根も葉もある嘘が存在するなら、根も葉もない真実も表現としては成り立つ。
いちいち根や葉の信ぴょう性を調べるわけにもいかないので、
多くの人が、その嘘や真実を「発信した人」で判断している。

嘘でも真実でもどちらでもいいようなことなら問題ないが、
そうでない場合は、「人」で判断すると場合によっては大事(おおごと)になる。



 嘘であるとわかっている嘘は怖くない。
嘘でも真実でもどちらでもいいような嘘は問題ない。
嘘を真実と信じてそのまま逝けるなら、ある意味幸せかもしれない。

真実と思っていた嘘が、嘘という真実に変わる。
嘘と思っていた真実が、真実として露わになる。
その変化に人は翻弄される。



 根も葉もない真実は存在する。ただしそれは、根も葉も認識出来ていないだけである。
だから根も葉もない真実は存在しない。



 根も葉もない嘘は存在する。だがそれは、真実が垣間見えた瞬間に消える幻である。
だから根も葉もある嘘も存在しない。



 真実を追いかけたいことならば、根も葉も自分で追いかける。そういうことなのだろう…。





今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 11:39| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
24D
Posted by 本人です。カウント用 at 2022年06月02日 11:47
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