2022年07月06日

嫌がらせ

 「嫌がらせ」は、する側には明確な理由がある。理由がぼんやりしたものでも意図がある。
何となく「嫌がらせ」をする…、というのはない。わざわざやるのが「嫌がらせ」である。
※無意識に何かをして相手を嫌な思いにさせるのは、された方は嫌だが、それを「嫌がらせ」とは基本言わない。



 ところが「嫌がらせ」を嫌と感じるかどうかははされた側にある。
された側が「嫌がらせ」を嫌と感じなければ、「嫌がらせ」は不成立である。


 厄介なのは、「嫌がらせ」をしていないのに相手が「嫌がらせ」をされたと感じた場合である。
※現代なら、ハラスメントをした自覚がないのにハラスメントをされたと相手に言われるような状況である。

さらにエスカレートして、「嫌がらせ」をしていないのに、「嫌がらせをされたと言われた」といった「嫌がらせ」をされた…。みたいな状況が生まれる。
※これがハラハラという状況。そこまでいくような関係性は、傍で見ていて本当にハラハラする…。



 嫌な状況を、嫌と感じた側がそれなりに「いなせる」くらいが本来の「嫌がらせ」である。
度を越えた「嫌がらせ」はもはや「嫌がらせ」ではない。
※なんと呼ぶかはここでは割愛する。



 「嫌がらせ」をする側は嫌がらせにより敏感に。
嫌な思いをする側は「嫌がらせ」に少しだけ鈍感に。
ならば度を越えた「嫌がらせ」は少しは起きにくくなるかもしれない。



 理由がぼんやりしているのに、意図があり、それでいて自覚に乏しい「嫌がらせ」もあるかもしれない。
そういう「嫌がらせ」をする時間がある人というのは相当暇そうだ。ある意味羨ましい…。





今日はここまで。文責 江口
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タグ:嫌がらせ
posted by 江口 匡成 at 11:24| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
25A
Posted by 本人です。カウント用 at 2022年07月06日 11:33
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