2022年07月27日

『みなし陰性』

 コロナ下において、日常は「みなし陰性」が基本である。
陽性者の存在によって日常が「みなし陰性」だったことを思いだす。



 陽性者は間違いなく陽性。
陰性者は「検査した瞬間」が陰性であってそれ以降はやはり「みなし陰性」である。
※限りなく陰性に近い「みなし陰性」ではある。



 感染が広がらないように陽性者を管理する。
だが、状況的に陽性者と日常を過ごさざるを得ない(得なかった)人もいる。
現状なら「濃厚接触者」といった人はそれにあたる。



 濃厚接触者は陽性ではない。
もちろん「みなし陽性」でもない。
が、陰性でもない。「みなし陰性」でもない。
「みなし陰性」の日常の中で、少なくとも「みなし陰性」と認められる期間が過ぎるまでは「陽性者っぽい(あるいは陽性者になるかもといった)」存在になる。
みなし陰性者の中で過ごす「陽性者っぽい(あるいは陽性者になるかもといった)」存在。
書いていても相当窮屈で大変そうである。


 僕らの多くは陽性か陰性かどうかは確定していない「みなし陰性」同士で日々を生きている。
「日常を取り戻す」とは、どこまでを「みなし陰性」とするかということでもある。



 今日はここまで。文責 江口
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タグ:みなし陰性
posted by 江口 匡成 at 10:48| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年07月27日 10:59
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