2022年12月05日

苦境というほど苦しくもない、楽境というほど安楽でもない

 「苦境」は時々見かける、最近は結構目や耳にする言葉だが、「楽境(らっきょう)」という言葉はほとんど見かけない。スマホで「らっきょう」と打ち込んで変換しても、通常は「辣韭」か「ラッキョウ」か、せいぜい「落橋」くらいしか出てこない。

それくらい「楽境」は目や耳にすることが少ない言葉である。



 苦境がわかるということは、一時的にでも楽境があったはず。だが、楽境の時に楽境を意識している人は珍しい。

「今、苦境に立っている」と人は言うこともある。
「今、楽境に立っている」とわざわざいう人は稀。



『苦境に立っている』
『苦境に立たされている』

そういえば苦境なのだから、座り込んだり、寝込んだりしそうなものなのだが、苦境を口にする時は、「立つ」と表現することが多い。本当にへたり込むようなほどの「苦境」では、苦境云々などと言う余裕もなくなるのだろう。

苦境でも(まだ)立てている…。ならばまだ手があるのかもしれない。



 苦境というほど苦しくもない、楽境というほど安楽でもない日々。
苦境と楽境の「境目」。境目というには随分幅がありそうである。いや、小刻みに苦境と楽境に揺れているのがその境目なのか…?





 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 10:20| Comment(1) | 無題
この記事へのコメント
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Posted by 本人です。カウント用 at 2022年12月05日 10:30
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