2022年03月24日

不完全終活マニュアル 番外編 『親孝行を求める親(世代)にはなりたくないが人生の終い方の希望は伝えられる親(世代)でありたい』

先が見えない人生の、終わりが見え始めた多くの人に贈る…?

 『不完全終活マニュアル』 番外編

 『親孝行を求める親(世代)にはなりたくないが人生の終い方の希望は伝える親(世代)でありたい』

 年長者は敬うべきであるという年長者
先輩は立てるのが当たり前だという先輩
親孝行をするのは当たり前だという親(世代)
……
本人が望んでいるものが手に入りにくいタイプの人達である…。



 あらゆる面で誰かの先に立つ…、というのは不可能だしそんな人は『絶対に』いない。
あえて『絶対に』と書いた…。

あらゆる面ですべての人より優れていて、人類史上最初の人で、人類の祖というべき不死の人(存在)がいたとしよう。

そういう人(存在)と、別の存在として関わる体験は、その(人)存在には絶対出来ない。つまりはその体験においては、その人類の祖はあらゆる人類より経験が少なくなる…、ということになる。
※そもそも、何かで「最初である」ということは、その何かで「最初ではない」という経験は永遠に出来ない。

大げさに言い換えて書けば、

唯一絶対の神ですら、その神と交流する体験においては、その体験をしたあらゆる生物の体験を超えることはできない。

というとである。※そんな神(存在)がいればの話だが…。

とにかく何かの面では、『絶対に』他人は自分の先達である…。ということだ。



 大仰な話になった。『時を戻そう…。』※もはやこれも、懐かしいギャグになっている。

親孝行、したいときには親はなし。
親孝行、したいときが子にはなし。
こういう事態は親(世代)も子(世代)も出来るだけ避けたいものである。


"親孝行って何?って考える 
でもそれを考えようとすることがもう 
親孝行なのかもしれない"


と松本人志氏は作詞している。※チキンライスより

 親(世代)は親孝行は求めない。だが、「人生の終い方」の希望は子(世代)に伝える。
子(世代)は何が親孝行かはまだ答えが出ない。それでも、「親孝行したい」と思っていることは親(世代)に伝える。

それくらいなら、まず始められそうである…。





 今日はここまで。文責 江口
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posted by 江口 匡成 at 11:03| Comment(1) | 不完全終活マニュアル